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第2回アジア経済視察団(2002年2月) の記事一覧に戻る

中日新聞社 片田知行 2002年2月

マニラの空軍基地で会見したアロヨ大統領の口から最初に飛び出した言葉は「貧困との闘い」だった。

 

夕日が美しいマニラ湾沿い、トンド地区のゴミ山「スモーキーマウンテン」跡地にはバラックが立ち並ぶ。ビル街を通るバスの窓越しに、暗い目をした母親が子どもを抱き無心にきた。弟妹が6人いるカラオケ店のホステスは来年、日本に出稼ぎに行くと言った。リゾートと工業団地に変身した旧米軍基地・スービックへの道路には、11年前に降ったピナツボの火山灰が今も残ったままだ。

 

アジア経済危機の中でフィリピンは昨年、3.4%の成長を遂げた。日本からは巨額援助支援も続く。「経済成長で底上げができる」と政府は胸を張る。が、垣間見た底辺の現実との間に違和感が残った。

 

トンドの子どもたちや先住民のくったくのない笑顔が心に強く残る。わずかな希望を感じつつ「豊かさとは何か」を考えさせられている。

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