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第7回(カンボジア、タイ、ラオス)回廊が結ぶメコン流域圏(2008年2月) の記事一覧に戻る

シェムリアップ朝の散歩(石川 洋)2008年2月

 「コケコッコー」を何度か聞いたあと、目がさめた。家の軒下にでも飼っているのだろうか、かなり
近くからあまり間をおかずに聞こえて来る。時計をみるとまだ6時。少し早いがすぐに出かけること
にする。

  カーテンを開けるとどんよりした曇り空だがまだ暑くはなさそうだ。目の前に増築中のホテルの別棟が飛び込んで来る。その後ろは畑と民家。昨夜到着したときは、周りに灯りもなく少しさびしいところだな、と思ったが、ホテルは畑の中にあったのだ。

 表に出ると空気は生暖かいが、ムッとする感じはない。目の前は赤みがかった道で、舗装されていない。車が通るたびに土ぼこりがあがる。四輪は少なく、自転車とバイクが中心。日曜日早朝というのに子供や女性や若者がひっきりなしに幹線道路方面へ向かう。昨夜地元ガイドのサムさんに教えられたように、中心街を目指し自分も同じ方向に行くことにする。

  後から調べると、この道路は国道6号線で、東はプノンペン、西はタイへとつながっている。ホーチミン・シティからバンコクを結ぶ第2東西回廊の一区間だった。

 道路に出るまでに10分ほどかかった。「INTERNATIONAL SCHOOL」と表示された広い敷地の学校、大きな門構えの民家、軒下から袋入りのスナック菓子をぶら下げた売店などが目についた。歩く間にバイクタクシー(サムさんによればバイクの免許があればだれでも開業できる)の若者に何度か呼びかけられたが、目と手でいらないと合図をすれば、それ以上はしつこく迫ってこない。

 道路手前の空き地にラナリット殿下の顔写真付きの大きな看板をみつける。もうフンシンペック党の代表でもないのに変だなと思った。多分、前回の選挙のものがそのまま残っているのだろう。翌日、プノンペンに入ると同様の看板があちこちに立っている。7月の総選挙向けらしくどれも新しい。

 数が多いのは与党人民党のもの。フン・セン副党首(首相)、ヘン・サムリン名誉党首(下院議長)、チア・シム党首(上院議長)の3人の顔写真が使われている。野党のサム・ランシー党のは写真ではなく、ろうそくが描かれていた。ろうそくの意味は聞き逃した。

 国道6号線の両側は、大型ホテル、ゲストハウス、レストラン(和、中、韓含む)などが林立している。日本の観光地と大差のない町並みが続く。交通量はぐっと増え、バイク、四輪、観光バス、自転車がコンスタントに行き交う。のんびり歩いている人はいない。

 ホテルの駐車場には大型バスが待機している。バスの窓に張ってあるツアー名は、中国人(台湾人?)、韓国人、日本人向けのものが多い。JTBの「アンコールワット堪能5日間」と熟年向けと思われるものも目にした。信号と信号の間隔は10分ほど。2つ目まで歩き、引き返すことにする。

 ホテルに戻ると、駐車場が慌ただしい。いままさに出かけようとしている乗用車の窓からツアーガイドの堂本さんが叫ぶ。「ロス事件の三浦元被告がサイパンで拘束されたので、テレビ東京の柳川さんが急きょ現地に飛ぶことになりました。シェムリアップ
空港まで送ってきます」。後部席の柳川さんは、急なことですみません、と申し訳なさ
そう。

 香港特派員の柳川さんとは、昨夜バンコクの空港で合流したばかり。まだまともに話もしていない。「空港から戻るのが遅れたら、アンコールワットで落ち合います」。堂本さんのこの声を最後に、車は出て行った。この間数10秒。一気にのんびりムードが吹き飛んだ。

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