2018年05月18日 17:30 〜 19:25 10階ホール
試写会「ゲッベルスと私」

会見メモ

6月16日から岩波ホールで公開

公式サイト「ゲッベルスと私」

©2016 BLACKBOX FILM & MEDIENPRODUKTION GMBH

 

 


会見リポート

顔が語る人間の不気味さ

 冒頭、樹齢数百年の老木を思わせる深いしわが大写しになる。沈黙のあと、静かに語り始める。前を見据え、ときに目を閉じる。刻んだ年輪に、どんな記憶が埋まっているか。カメラはなめるように追う。見る側も質問者になった気がしてくる。引き込まれるうちに、やがて、ひどく恐ろしい場所にたどりつく。

 語り手のポムゼルは、ゲッベルスの秘書だった。この宣伝の天才は、新聞、ラジオ、映画などあらゆるメディアを操って、ヒトラーを神に祭り上げ、ドイツ国民を破滅へと導いた。すぐそばにいて、日々の仕事ぶりや聴衆を異常な興奮へと駆りたてる手法を目撃している。

 103歳とは思えない記憶力で、昨日のことのように振り返る。彼は洗練された紳士だった。なぜ魔法のように国民を魅了できたのか。渦中にいても、秘密は分からなかった。いまも謎は解けないと表情ゆたかに語る。画面では、こうした独白に、記録映像をはさみ、暴力支配下の熱狂、ユダヤ人の大量虐殺など、この国がたどった道を跡づけていく。

 自分が可愛いだけか。なぜ抵抗しなかった。自らも何千回と繰り返したであろう問いに、表情がゆがみ、自分には罪はなかったと語気を強める。「国中がガラスのドームに閉じ込められたようで、私たち自身が巨大な強制収容所にいた」「あの政府が権力を握ることに加担した罪があるなら、国民全員に罪がある」

 「神は存在しない。悪魔は存在する。正義なんてものはないわ」。終盤、きっぱりと語る顔には無力さ、絶望感が色濃く漂う。

 いま、偽ニュースが世界を駆け巡り、大衆受けのする政策で権力を手にする扇動的な政治家が次々に現れている。全体主義は終わった、もうガラスのドームなどあり得ない。そう言い切れるかどうか。見終えたあと、人間の根っこにひそむ不気味さがひたひたと迫ってくる。


日本経済新聞社編集委員   玉利 伸吾

ゲスト / Guest

  • ゲッベルスと私 / A German Life

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