2016年02月17日 15:30 〜 16:30 10階ホール
「3.11から5年」⑦ 品川萬里 福島県郡山市長

会見メモ

3.11から5年 (7)

郡山市の品川市長が会見し、記者の質問に答えた。
司会 倉重篤郎 日本記者クラブ企画委員(毎日新聞)
郡山市HP


会見リポート

救いは「子どもたちが頑張っていること」

薄水色の作業衣姿で現れた市長。クラブゲストには珍しい出で立ちだったが、「ソニーの盛田昭夫さんもそうでしたが…」と切り出した。40年も前、品川にあったソニーの工場のような旧本社ビルで取材した際の盛田氏も同じような菜っ葉服を着ていたことを想い出した。現場意識を忘れずに復興にまい進したいという決意の表れだろう。

 

福島県「中通り」の中心都市、郡山市。震度6弱で全壊半壊5万7000戸に上り、水道管破裂で断水し、完全復旧までに21日かかった。福島第一原子力発電所から60キロ離れているが、事故当日、海から北西へ強い風が吹いていたため、漏れた放射線物質が運ばれ奥羽山脈に当たって郡山市中心部を直撃した。

 

関東や新潟など他都県への自主避難者は13年5月には5739人に達した。幼児や児童を連れた家族が中心で、大半が住民票を郡山に置いたまま。今年1月現在でも4593人もおり、あまり減っていない。一方で原発事故による原子力災害により避難指示を受けている双葉町などの住民約9000人が復興公営住宅などに避難。役場を郡山に置いているところもある。今年1月現在の人口は33万6000人で震災前に比べ約3000人も減少したという。

 

市長が最も力を入れているのが放射性物質の除去と日々の監視・健康管理。一般住宅の除染は100%達成し、小中学校の除染もほぼ完了した。屋内の運動場や子供の遊び場なども建設した結果、小中学生の年間推定被ばく量(mSv)が15年秋には0.26と11年度の4分の1に激減。年間被ばく線量が基準値を大幅に下回っていることを精緻なデータを示して説明した。

 

ただ農作物などの「風評被害」について、「残念ながらまだ解消しておらず、福島県産というだけでやめたという反応も少なくない」と顔を曇らせた。コメ、牛乳も含め厳重な全量測定検査をして全部クリアしたものを出荷しており、「風評被害と言うよりも“食品安全に関する知識不足による影響”と呼んでいる。ただ食べてほしいというのではなく、あくまでも客観的にデータを示して安全であることを知ってもらいたい」と強調した。

 

市長が明るい話題として紹介したのは、未曽有の震災にもかかわらず「子どもたちが頑張っている」こと。大学進学実績が向上し、市内の高校が全国合唱コンクール金賞、音楽コンクールやロボット国際コンテストでトップに輝いたという。健康寿命が全国平均より相当高いことや産業立地が震災後も活発化していることなども、統計資料や事例を挙げながらアピールした。

 

記者会見の最後に、市長が取り出したのが『福島県民23人の声』という震災後に刊行された本。市内の高校の化学の先生が震災直後に教材のガイガーカウンター(放射能測定器)を使って子どもたちの安全のために放射線量を克明に記録したものが掲載されており、「子どもたちの凛々しい活動を教師たちがいかに支えたかが分かって、感動しました!」と涙ぐんだ。

 

サービス精神にあふれ、謙虚な人柄がにじみ出た会見だった。「日本記者クラブの皆さんには郡山に是非おいでいただきたい。都合がつけば私が案内します」と言って、連絡先のFAX番号を読み上げたのには、こちらが感動した。


時事通信出身 八牧 浩行

ゲスト / Guest

  • 品川萬里 / Masato Shinagawa

    日本 / Japan

    福島県郡山市長 / Mayor, Koriyama city

研究テーマ:3.11から5年

研究会回数:7

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