2000年01月19日 00:00 〜 00:00 10階ホール
村山富市・元首相

会見メモ

・・・村山元首相は、社会党の中でも朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)とはまったく関係のなかった政治家である。旧社会党の多くの政治家が先を争うように北朝鮮を訪問し、北朝鮮の代弁者的な言動を行うことを苦々しく感じていた節がある。
それだけに、超党派訪朝団の団長としては適任だと思われたようである。だが、人間的にはだれもが認める善人のうえ朝鮮問題についてはまったく知識がないだけに、日朝の双方の勢力にうまく利用されるのではないか、との不安はつきまとっていた。
このため、冒頭の三宅久之会員の質問も極めて厳しいものであった。三宅会員は、村山さん自身は日本人を拉致した事実があったと考えているのか、なかったと思っているのかと問いただし、拉致問題についてどうして「行方不明者」というような言葉でごまかしたのか、と質問した。
村山さんは、拉致の事実が存在するとは考えているとの立場を一応は明らかにした。また訪朝団が交渉の中で拉致について強い姿勢で臨んだとの経緯を説明した。
そのうえで、ただ拉致については北朝鮮側から「すでに行方不明と使うことに合意している」との説明があったので、合意があるのならしかたがないと考え、行方不明者という表現を使った、と言及した。実は、この点についてはもっと追及したかったが、司会者という立場上質問は控えざるを得なかった。
北朝鮮の金容淳書記は、「すでに拉致という言葉は使わず、行方不明になっている」と強調したという。
ところが、これまでの政党訪朝団の合意文書のどれを見ても「拉致については、行方不明者と表現する」とは記されていない。ただ、北朝鮮側が「一般行方不明者としてなら調査できる」との立場を表明し、これを日本側が了承したにすぎない。
この了承を、日本側も「拉致の表現を放棄した」として同意したことになるというなら、問題である。事実を曲げてまで妥協したことになるからだ。それで、拉致日本人が帰国できる保証があるのならいいが、何ら進展がないというのであれば、外交敗北と言われてもしかたがない。
昨年末の日朝予備会談(北京)で、外務省の阿南アジア局長は「拉致」という言葉を使い北朝鮮側に解決を求めている。ということは、「拉致を行方不明者と言い換える」との合意は存在しないことになる。村山さんの説明通りなら、日本の政治家だけが合意したことになる。そんなことはあり得ないだろうから、次回の政党訪朝団には勇気をもって「拉致」の言葉を使ってもらいたい。・・・
日本記者クラブ会報2000年2月号5ページから引用。同ページおよび12ページに関連記事があります)

会見音声


ゲスト / Guest

  • 村山富市 / Tomiichi Murayama

    日本 / Japan

    元首相 / Former Prime Minister

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