取材ノート
ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。
エミン・オズダマルさん 友好団体「土日基金」副理事長/日本・トルコ 防災でつなぐ(名倉 あかり)2026年3月
冷え込みが一層厳しくなる2月、ちょうど1年前に訪れたトルコの寒さを思い出した。
同国だけで5万人以上が亡くなったトルコ・シリア大地震は2023年2月に起きた。大災害から2年。被災地の現状や30年前、阪神・淡路大震災に見舞われた兵庫との縁を取材しに、南部にあるカフラマンマラシュや首都アンカラに約10日間滞在した。
初めての海外出張で緊張していた私を、笑顔と流ちょうな日本語で出迎えてくれたのがエミンさんだった。長年国際協力機構(JICA)職員として防災や地域開発など多くのプロジェクトに携わった経験があり、兵庫をはじめ、日本とトルコの防災協力の架け橋になってきた人物だ。
兵庫県から2億4千万円
兵庫とトルコのつながりは、1万7千人超が犠牲となった1999年のトルコ北西部地震にさかのぼる。
当時は阪神・淡路の発生からまだ4年。トルコの被災者にかつての自分たちの姿を重ねたのか、兵庫県などの呼びかけに約2億4千万円もの義援金が集まった。その寄付を基に、土日基金が「ひょうごトルコ友愛基金」を設立。延べ約5800人の震災遺児らに奨学金として給付された。
2023年のトルコ・シリア大地震でも、兵庫から約3500万円の義援金がトルコに届けられた。今回は建築やまちづくりを学ぶ80人以上の大学生の支援に活用。奨学金で大学に通い続けることができた学生らは「日本人は被災者の気持ちを一番分かってくれる」と口々に感謝の思いを述べた。
ほかにも、トルコには神戸の「人と防災未来センター」がモデルの「ブルサ防災館」があったり、防災活動に取り組む学校や団体などを表彰する「ぼうさい甲子園(1・17防災未来賞)」のトルコ版が開かれていたりと、縁が深い。「兵庫の知見やみなさんのお金はトルコの未来に役立てられている」とエミンさんは胸を張る。
1999年に発生した地震の際、エミンさんは日本の緊急援助隊の調整役で被災地に入った。折り重なるように崩れた家屋や何カ月もとれなかった遺体のにおいを、今も思い出すという。
学生時代、日本に住んでいたこともあるエミンさんは、度々地震を経験した。日本では被害が出ないような揺れでも、トルコでは建物が倒れ、死傷者が出てしまう。「トルコの建物は地震に弱い。この国の『防災』を強くしなければ」。その思いが活動の原点であり、モチベーションだ。
学び合うところ多いはず
雪が舞う中いくつもの都市を回り、6時間以上車で移動する日もあった滞在中、疲れた体を癒やしてくれたのがトルコのスイーツだった。パリパリの生地にチーズがとろける「クナーファ」や濃厚なトルコアイス、西洋かりんを煮詰めた色鮮やかな一皿。甘党のエミンさんは「これもおいしいですよ」と行く先々でご当地のお菓子を勧めてくれた。日本ではなかなか出合えないあの味わいが恋しい。
アジアの東と西にある日本とトルコ。もちろん食だけでなく、災害への向き合い方も、文化も違う。だからこそ、互いに学び合うところは多いはず。「ぜひ一度トルコに足を運んでください。歓迎します」。エミンさんの言葉を、一人でも多くの日本人に届けたい。
(なぐら・あかり 2018年神戸新聞社入社 神戸本社などを経て 25年から東京支社)
