取材ノート
ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。
取材10回超 徐々に変化も(高田 真之 読売新聞東京本社編集局YD Pro編集部編集委員)2026年3月
2月9~10日、日本記者クラブの取材団に参加し、緊急事態宣言の発令が続く東京電力福島第1原子力発電所やその周辺を巡った。
構内では事故で原子炉や建屋が大きく壊れた1~4号機を高台から一望した。これまで10回以上訪れたが、取材のたびに少しずつ変わる。昨年2月に見学した時はガレキが剥き出しだった1号機原子炉建屋に、使用済み核燃料を取り出すためのカバーが設置されていた。約7900㌧もあるカバーを高さ45㍍の建屋に設置するのは大変だったろう。
廃炉は新たな挑戦だけでなく長期にわたる作業の継続でもある。核燃料デブリの採取実績は1㌘未満に過ぎず、原子炉3基に残る880㌧(推定)の取り出し作業が控える。100万㌧を超す処理水も放出終了まで20年以上かかるだろう。
2051年という完了時期を巡り、地元の伊沢史朗・双葉町長は9日、「時間にこだわる必要はない」と語った。原子力損害賠償・廃炉等支援機構は先送りをほのめかす。
だが作業が長引くと、凍土遮水壁のような重要な設備は経年劣化や温暖化の影響が懸念される。先端技術の素材確保は地政学リスクに左右されかねない。ロボットアームの導入を先送りさせたコロナ禍のような事態の再発もあり得る。
発生直後、さいたま市のさいたまスーパーアリーナに避難した双葉町民を取材した。その一角で新聞を広げ、事故の記事を凝視する壮年の男性がいた。今も彼の表情を思い出す。そして今後も現場に赴き、記事を書き続けるのだろう。そんな気がする。
