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WHO事務局長選の舞台裏/勝因は中国の執念、欧米も後押し(増田 明男)2020年8月

   2019年12月に中国の武漢市で感染者が確認された新型コロナウイルスが、アメリカとヨーロッパ諸国に拡大してパンデミック(世界的大流行)に発展し、20年7月末には全世界で感染者1700万人、死者は67万人を超えた。国際感染症の対策で先頭に立つべきWHO(世界保健機関)がとった中国寄りの姿勢と遅い対応に国際社会の非難が集中した。

 現在15ある国連専門機関で4人の中国人がトップに就いているが、中国が国連創設後初めて事務局長ポストを掌握したのはWHOだった。実は06年の事務局長選挙で中国が擁立したマーガレット・チャン(陳馮富珍)氏の当選を決定づけたのが、他ならぬアメリカとヨーロッパ諸国の投票行動で、国際社会にとって14年前にWHOの主導権を中国に渡した代償は大きい。

 

◆日本は尾身茂氏を候補者に推薦

 

 06年5月22日、WHO世界総会の直前に李鍾郁事務局長が急死した。就任して2年10カ月、過労による脳出血だった。鏑木玲子夫人と共にハンセン病に取り組み、国際機関のトップに就任した最初の韓国人として知られる。

 WHOは直ちに、後任の事務局長を選ぶ執行理事会を半年後の11月6日から3日間開催することを決めた。

 日本の対応は早かった。2週間後の6月5日、当時の安倍晋三官房長官が定例記者会見で、尾身茂WHO西太平洋事務局長の推薦を発表した。尾身氏はWHOアジア地域の責任者として、ポリオの根絶やSARS(重症急性呼吸器症候群)の制圧を指揮した功績が世界的に評価されている。尾身氏は高校時代の同級生で、私も友の挑戦を最後まで追ってみた。

 日本政府代表団は直ちに尾身氏と共に支持獲得へ選挙権を持つ世界34の執行理事国歴訪を開始した。最初の訪問国は候補者擁立の兆しがある中国。北京で外交部と衛生部の要人に面会し日本への支援を要請した。しかし、中国側は「日中友好の政治課題」も「保健衛生問題」もともに重要であるとの立場を崩さなかった。

 6月20日には東京赤坂のホテルで、第3次小泉内閣の麻生太郎外相や川崎二郎厚労相をはじめ700人余りが参加して出陣式が催された。

 

◆国連機関トップを狙う中国の野望

 

 1カ月後の7月25日、ついに中国政府が香港のマーガレット・チャンWHO事務局長補の擁立を発表し、日中の対決が現実のものとなった。

 安保理常任理事国の中国がWHO事務局長を狙う背景には、胡錦濤国家主席就任直後の中国共産党指導部が、SARSの対策を巡りWHOから受けた3年前の屈辱と、国連専門機関トップの座への野望があった。

 02年から03年にかけ広東省や香港から全世界に感染が拡大したSARSは29の国・地域で774人が死亡した。WHOは情報提供や現地調査を再三要請したが、中国政府が実態を公表したのは5カ月も後で、感染者は既にアメリカやカナダなど19の国に拡散していた。

 さらに中国政府が、現地調査に向かったWHO特別チームを北京で足止めしたことなどから、当時のグロ・ブルントラント事務局長は一連の対応を問題視し、名指しで中国を強く批判した。国際機関としては極めて厳しい制裁だった。

投票日までの100日間、就任後3年を経た胡錦濤政権は政府首脳と在外公館が一体となり執行理事国へチャン氏支持を強力に働きかけた。投票日の2日前にはアフリカ諸国首脳を北京に招き、胡錦濤主席が出席して「中国アフリカ協力フォーラムサミット会議」を開催している。

 

◆予備選と本選で34カ国が投票

 

 日本では9月26日に第1次安倍内閣が発足していた。11月6日から始まる選挙に向けてジュネーブ入りし陣頭指揮を執ったのは、就任して1カ月余りの武見敬三厚労副大臣と浅野勝人外務副大臣だった。

 事務局長選びは34の執行理事国による秘密投票で、まず立候補者11人を5人に絞る予備選挙と、残った候補者を最下位から順に除外していく本選挙が実施される。

34カ国の執行理事国は地域別に、アジア地域が日本、中国、トンガ、オーストラリア、タイ、ブータン、シンガポール、スリランカの8カ国。中東がイラク、リビア、ジプチ、アフガニスタン、バーレーンの5カ国。アフリカ地域がリベリア、レソト、ケニア、ルワンダ、マダガスカル、ナミビア、マリの7カ国。ヨーロッパ地域がラトビア、ルクセンブルク、トルコ、ポルトガル、デンマーク、ルーマニア、スロベニア、アゼルバイジャンの8カ国。アメリカ地域がアメリカ、メキシコ、ジャマイカ、ブラジル、ボリビア、エルサルバドルの6カ国である。

 6日に行われた予備選挙を経て、㈰中国のマーガレット・チャン氏㈪日本の尾身茂氏㈫メキシコのフレンク保健相㈬スペインのサルガード保健相㈭クウェートのベハベハーニ元WHO事務局長補の順で5人が勝ち残った。

翌7日は5人の演説と質疑が行われ、8日の本選挙を迎える。

 6カ月に及んだ選挙戦の最終日。まず候補者5人を4人に絞る本選挙第1回投票が行われた。その結果は㈰中国10票㈪日本9票㈫メキシコ6票㈬スペイン5票㈭クウェート4票となり、焦点は脱落するクウェートに投票した中東4票の争奪に移る。

第2回投票の結果は㈰中国11票㈪メキシコ10票㈫日本9票㈬スペイン4票で、注目の中東4票はメキシコが勝ち取り、日本は僅差ながら3位に後退した。また、前回はスペイン支持だった1票が中国に流れた。

 日本にとって最後の望みは、脱落したスペインを支持したヨーロッパ地域の4票を獲得することだった。

 ところが第3回投票ではその4票全てを中国が奪い去った。結果は㈰中国15票㈪メキシコ10票㈫日本9票となり、日本はここで敗退した。

最後の決戦投票では中国が日本の9票を全て上積みして24票を獲得し、WHOの主導権奪取に成功した。

 

◆米中間選挙の影響も

 

 本選挙の経過からアメリカとヨーロッパ諸国の投票行動がチャン氏の当選を許したことが見えてくる。第2回投票で中東諸国の4票がメキシコに流れた原因は、同時期に実施されていたアメリカ中間選挙にあった。上下両院で劣勢だったブッシュ政権は国内のヒスパニック票獲得を狙い、メキシコ支持拡大に中東地域で総力を挙げていた。このアメリカの行動で、最低でも3票獲得を見込んだ日本の皮算用に狂いが生じた。

 さらに、日本最後の望みだったヨーロッパ地域の4票全てが中国に流れたのは、胡錦濤政権が総力を挙げて展開した国際戦略の成果だった。

 日本は前年の国連総会で、30年来の悲願だった国連安保理常任理事国入りが、中国の圧力でAU(アフリカ連合)の支持を得られず挫折したのに続き、国連の場で中国パワーを再び実感させられる結果となった。

 マーガレット・チャン氏はWHO事務局長を2期10年と6カ月務めたが、新型インフルエンザ対応などでの不手際が批判された。

 後任事務局長選挙は17年5月23日に開かれたWHO総会で行われた。わずか34の国が秘密投票で決めてきた従来の決定プロセスは不透明だと見直され、このとき初めて総会の場で選挙が実施された。

 10年間にWHOでの基盤を固めた中国は、票数で勝るAU諸国の結束を主導してイギリスを破り、アフリカから初の事務局長を誕生させた。

 こうして、一帯一路のモデル国家として関係の深いエチオピアのテドロス・アダノム氏が第8代事務局長に就任し、中国はWHOでの影響力を維持している。

 

ますだ・あきお

1950年東京生まれ 73年フジテレビ入社 解説放送室配属 「3時のあなた」「リビング2」などワイドショー番組の司会 ソウル支局長 外信部デスク キャスター・解説委員として北朝鮮 パレスチナ ペルー キューバなど20カ国から衛星中継リポート 2017年退社

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