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今も続く葛藤 ともに悩み真摯に向き合う( 福島民報社 深谷奈津子)2012年3月

私が入社したのは東日本大震災と東京電力福島第一原発事故が起きた直後の昨年4月だ。研修を終える間もなく、すぐに現場に投入され、無我夢中で取材に当たってきた。千年に一度といわれる大災害を目の当たりにし、地元の記者として「伝えたい」「伝えなければ」と強く思った。

 

一方で、さまざまな感情や事情を抱える被災者の心の中にどこまで踏み込んでいいのかが分からず、悩んだ。その葛藤は1年がたつ今も続いている。

 

強く印象に残っている取材がある。小さな子どもを持つ母親たちをテーマにした連載だ。原発事故により、福島県内には広範囲に放射性物質が拡散した。「低いレベルでも放射線が子どもの健康に影響を及ぼすのではないか」。夏休み前、親たちの不安はピークに達していた。

 

ある人は子どもの健康を気遣い、県外へ自主避難した。家庭の事情で避難できず、今、住んでいる場所にとどまって生活することを決めた家族もいた。両者ともに悩み、苦しんでいた。

 

私は女性ならではの視点で取材がしたいと考えていた。連載では県内の母親たちの思いを少しでも多くの人に知ってほしかった。ただ、実際に取材を進めてみると、一人一人の悩みは想像以上に深く、複雑だった。

 

各家庭の事情も絡み、どこまで突っ込んで話を聞いていいのかさえも分からない。文字にすることが許されるのか。紙面に載せることで迷惑がかからないか。パソコンを打つ手がしばしば止まった。

 

「相手と一緒に悩む。記事の言葉一つ一つを丁寧に選ぶ」。先輩記者からアドバイスを受け、紙面にするまで取材相手と何度も連絡を取り合い、ともに内容や表現を詰めていった。紙面になった時、「書いてくれてありがとう」と言われた。あの時の言葉は忘れられない。

 

震災・原発事故報道はまだまだ続く。これからが本番かもしれない。記者である前に、一人の人間として相手にどう向き合うのか。悩んだ時はそこに立ち戻ろうと考えている。

 

(ふかや・なつこ 報道部/2011年入社)

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