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自分の一歩を被災者の一歩に(河北新報社 佐々木絵里香)2012年3月

 

入社して整理部に配属され、2年が過ぎようとしていた。昨年3月11日、東日本大震災に見舞われた際も編集局のフロアにいた。激しく、長く続いた揺れが収まると、報道部をはじめ外勤部門の記者たちは慌ただしく取材に飛び出していった。

 

それから3カ月、外勤記者1年生として取材現場に立った。発生当初から震災取材に関わったわけではない自分が、被災者の気持ちに寄り添えるかどうか。正直、不安でいっぱいだった。

 

6月上旬、初めて仙台市内の避難所を取材で訪れた。原稿を書くために不可欠な要素と分かっていても、被災時の状況や家族の安否を尋ねるのは、気が重かった。でも、中途半端な気持ちで取材する方が失礼だと思い直し、相手の目を見て話を聞くように心掛けている。

 

主に担当してきたのは、仮設住宅などを回り、被災者の近況を紹介する記事だ。「新聞を見て、捜していた知人の無事が確認できた」という連絡を何度か受けた。「話せて良かった」と被災者から言ってもらえたこともある。少しは役に立てたかな、と励みになっている。

 

被災者に寄り添う取材には、時間や積み重ねが大切だということも知った。

 

仮設住宅に身を寄せた一人の女性とは最初、あいさつ程度の会話しかできなかった。周りから家族を亡くしたと教えられた。女性も参加するお茶飲みに顔を出しているうち、取材を頼んだわけでもないのに、ぽつりと家族のことを話してくれた。つらい事実を口にしてもらえたことに、ありがたいとさえ感じた。

 

発生直後の取材現場を知らないことで、引け目のような思いは今もある。ただ、自分にもやれることがあると思えるようになった。

 

被災者の悩みも元気な姿も伝える、犠牲になった人の足跡を残す、支援の在り方を検証する―。多岐にわたる震災報道はこれからも続く。その中で、自分の一歩が被災者の一歩につながれば、うれしい。

 

(ささき・えりか 報道部/2009年入社)

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