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大津波を空撮 目撃者として問い続けたい(NHK 鉾井 喬)2012年3月

平野を覆う黒い波。あっという間に流されていく建物や車。3月11日、ヘリコプターから大津波を撮影・中継してから1年がたった。

 

あの時は、目の前で起きていることに理解が追いつかない状況だった。とにかく、生中継されているカメラだけはきちんと操作しなくてはと、カメラマン席のモニター画面に向かい目を大きく見開いていた。そして、人々が無事であることをひたすら願っていた。

 

取材を終え、ヘリから降りた後、テレビ局ではNHKだけが上空から津波を映像でとらえ、しかも世界中で放送されたことを知った。NHKはできることを最大限やった。新人でも役割を果たせたことに、長年にわたり築かれてきた緊急報道体制の力の大きさを感じた。

 

しかし、勤務地の福島に戻りしばらくたつと、その思いはかき消された。見渡す限りのがれきの山。行方不明の親族を探し回る人たち。取材を進めるうちに、防災技術が発達した時代でありながら、1万9千人を超える死者と行方不明者を出してしまったことに、無力感を抱くようになっていった。

 

自分が撮った映像は何か役に立ったのだろうか。しっかり撮影することも大切だが、1人でも多くの人たちを早く安全な場所に避難させるため、カメラマンとして、ほかにできることがあったのではないか。生命を救うためには、さまざまな視点から考え、伝えなければならないことがあると考えるようになった。その答えはすぐには出ないだろう。ただ、あの大津波を目撃した自分だからこそ、常に問い続けるべきだと思う。

 

今、私は原発事故で苦しみ続けている多くの人たちと向き合っている。みんな地元が大好きで、都会育ちの私に「ふるさと」の良さを教えてくれた。この人たちの思いを決して忘れてはならないし、「3・11」を風化させてはならない。これからも被災した人たちに寄り添う気持ちを大切にしながら、カメラマンとして、少しでも復興につながる情報を発信し続けていこうと思う。

 

(ほこい・たかし 福島放送局/2010年入社)

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