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出口調査事始め―世論調査神話を打破(中島 勝)2014年10月

最近の選挙速報は投票が終わるとすぐ大勢が伝えられるので面白くない、昔みたいに大勢判明までじっくり楽しむことがなくなった、という声をよく耳にします。これは出口調査が普及したからです。日本のメディアで最初に総選挙で出口調査を実施したのはNHKです。1993年、自民党が38年ぶりに下野して細川政権ができた時の総選挙です。


いまでは出口調査はすっかり定着して選挙結果の予測や有権者の投票行動の分析に欠かせない道具になっていますが、最初は手探り状態でした。当時、私は政治部長として出口調査の実施に深く関わりました。なぜ出口調査だったのか、どんな苦労があったのか、当時を振り返ってみるのも、今後の出口調査の発展や限界を知るのに参考になると思い、この文章を書いています。


■激化する当確競争


選挙と災害はNHK報道の二枚看板と言われていましたが、民放が選挙の開票速報に力を入れ出した結果、当選確実をいかに早く打ち出すかの競争が、それまでになく熾烈になってきました。競争に勝ち抜くために何か手を打つ必要がありました。


候補者の支持勢力の実態や運動の浸透の具合、有権者の反応、それに資金力などを事前に的確に取材し、これに開票当日の開票所の取材をきちんとすれば、当確の打ち出し競争に遅れを取る心配はないはずです。けれども、全国でそうした取材力を備えた記者の数が決定的に不足していました。


そこで記者の取材を補うものとして世論調査による当落の予測に期待がかけられていましたが、正直に言うと、この世論調査が衆議院選挙ではあまり役に立ちませんでした。詳しくは述べませんが、投票日の2週間も前に誰に投票するか聞いても、その後さまざまな情報に影響されて意中の候補者を変える人もいるでしょうし、都合で投票所に足を運ばない人も出るでしょう。


当時の中選挙区という複雑な選挙制度で事前の世論調査によって激戦区の結果を予測することは、そもそも無理な注文でした。それでも当時は世論調査神話みたいなものがあって、世論調査の予測をむやみにありがたがる風潮がありました。私は新人記者の時から選挙の世論調査の有効性に疑問を抱いていたので、何かこれに代わるものはないかと常々考えていました。


■地方局記者の取材もヒントに


そうした状況の中で、浮かび上がってきたのが出口調査でした。当時アメリカの選挙のニュースなどで〝exit poll〟という言葉をしばしば耳にするようになっていました。また熱心な地方局の記者から「投票を済ませたばかりの有権者に次々と誰に投票したか取材してみたら、それなりの感触をつかめた」という報告ももたらされていました。


ともかく出口調査を徹底的に調べてみようということになり、92年のアメリカ大統領選挙に選挙班の記者を調査に派遣しました。出口調査を考案した人物からも詳しい理論の説明を受けることができ、実際の調査のやり方も検討してみて、これはいけるという結論になりました。


そこで次回総選挙から出口調査を実施する心積もりで準備に入ることになりました。何をしたかというと、国政選挙の補欠選挙や地方の首長選挙などで試しに出口調査を実施。調査地点の投票所の選び方や質問事項の内容や質問の仕方などさまざまに試行錯誤してデータを積み重ねていきました。誰に投票したかの生の数値をそのまま使うのでなく、候補者の特性に応じて補正する必要があることが確認されました。


どう補正するかが腕の見せどころでした。質問相手を無作為に選ぶため投票所を出てきた人について、一定の人数の間隔ごとに質問するやり方を採用しました。大規模な社宅などがある特異な投票所を調査地点に選ぶと、予測がぶれるといったことも分かりました。質問の仕方では「投票の秘密」を守るため気を使いました。候補者名を印刷した質問用紙と画板を質問相手に手渡し、誰に投票したか記入してもらい、調査員が首からぶら下げた紙製の「投票箱」に「投票」してもらいました。


■投票終了直後に「自民苦戦」の特番


こうして準備を整えていたところ、93年の夏、にわかに解散総選挙となりました。政治改革をめぐって自民党が分裂、宮沢内閣不信任決議案が可決されて解散総選挙となったのです。NHKは解散の直後、出口調査を実施することを最終決定して全国の放送局に檄を飛ばしました。


苦労したのは全国で調査にあたる何千人という学生アルバイトの確保でした。当時としては破格のアルバイト代をはずんだ記憶があります。


投票日当日はトラブルが発生しないようひたすら念じていました。ある調査地点で「裁判官」と名乗る男性が「君らのやっていることは憲法違反だぞ」と怒声を浴びせたという報告があったぐらいで、おおむね順調に進みました。


当時の投票終了時刻にあわせて午後6時からの特別番組で出口調査の結果を伝えました。最近の選挙では出口調査にもとづいて投票終了の夜8時直後に選挙の大勢を確定的に報じていますが、この時は初めての試みですから伝え方も慎重でした。それでも自民党が苦戦、過半数確保は微妙といった点を伝えることができました。


総選挙の最初の出口調査は手ごたえ十分でした。当確判定の有力な判断材料になることが実証され、世論調査とは比べものにならないことがはっきりしました。


■投票行動分析の武器に


もう1つ、出口調査は投票行動の分析に強力な武器となることも明らかになりました。つまり質問項目に日頃の支持政党などを加えて、複数の項目をクロスして集計すると、例えば無党派を自認する有権者が誰に投票したかなど、いろいろなことが明らかになります。


投票したばかりの何十万人という有権者の調査など日本で初めてのことですから、メディアや政治家や学者が大いに関心を寄せました。海外でもお隣の韓国から公共放送KBS(韓国放送公社)の選挙担当者が私を訪ねて来て、「出口調査を韓国でもやりたい、ノウハウを教えてほしい」と申し入れてきました。


こうして出口調査は広まり、いまでは出口調査抜きの選挙報道は考えられません。およそ20年前手探りで始めたのですが、時代の要求に沿っていたと手前ミソで思っています。

出口調査が威力を示したのは小選挙区制度という選挙の仕組みも大いに関係しています。中選挙区制度ではただ1回、93年の総選挙で出口調査を実施した経験があるだけですが、中選挙区の最終議席の予測では出口調査でもはっきりしない選挙区がかなりありました。この時を最後に、衆議院は小選挙区制度に変わったのですが、当選者1人を決める選挙は出口調査に特に向いています。


どんな選挙制度になっても出口調査の予測はそれなりに有効ですが、有効の度合いが選挙制度で異なるように思います。もっとも、どんな制度になっても世論調査の事前予測とは比べものにならないことははっきりしています。


■期日前投票への対応は


ところが最近2~3回の総選挙では有権者の投票行動が一方的に偏り、選挙結果の事前予測が大変容易になっています。小泉郵政選挙では自民党が圧勝、その次の政権交代選挙では民主党に大量に票が流れました。前回の総選挙では再び自民党が圧勝しています。個々の選挙区の情勢や候補者の動きよりも全国的な大きな流れが選挙の動向を左右しています。


そこで皮肉なことに最近の選挙では、別に出口調査でなくても世論調査でも十分予測できるといった事態になっています。ですから、出口調査の将来を考えると、投票行動の分析に果たす役割をいっそう重視する姿勢が求められるように思います。


それと期日前投票をする人が今後も増え続けるとすると、接戦が予想される選挙区に限って期日前投票でも出口調査を実施するだけで済むのか、今後の大きな課題でしょう。


なかじま・まさる

1940年生まれ 65年NHK入局

佐藤内閣末期の71年から政治記者 政治部長 解説委員長などを務める 退職後は政治評論家 著書に『国会入門―あるべき議会政治を求めて』(共著)など

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