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プルトニウムという重荷/妖精現れず捨て去る英国 2025年4月

 2025年1月、英国から衝撃的なニュースが入ってきた。英国内に大量にたまった、あるいは英国政府が「ためてきた」プルトニウムを地中に捨てると決めたのだ。近年、原子力の世界では「プルトニウムは資産か負債か?」、つまり「資源かゴミか」の論争が続いてきたが、英国は悩んだ末、誰にでも分かる方法で決着をつけた。

 一時は世界中が「夢のエネルギー」として追求してきたプルトニウムを捨てる。これはかなり驚く決定だ。私はこの問題を長く取材してきた。

 

魔法の棒で「パッと」消す

 2013年の取材を思い出した。その年の秋、私は同僚と欧州各国のプルトニウム政策を取材して回っていた。英国ではこの政策を検討する中心人物だった英国原子力廃止措置機関(NDA)のエイドリアン・シンパー理事にインタビューした。

 英国は当時すでに約120㌧(今は140㌧)のプルトニウムを所有していた。世界一の量で約100㌧が自国のものだった。しかし使い道がなく、どうするか悩んでいた。

 私たちの「どうするんですか」という質問にシンパー氏はこういった。「我々は仲間うちで笑いながら、『プルトニウムの妖精』が現れて、魔法の棒を一振りし、一瞬でプルトニウムを消してくれないかと、話し合ったものだ。でもまあ、そんなことは起きないので、科学的に考えようとしたんだ」

 何とも率直な答えだった。妖精が魔法の棒を振ってパッと消す、というおとぎ話である。余剰プルトニウムをもつ重荷があらためて伝わってきた。

 

捨てるのも簡単ではなくて

 英国政府は余剰プルトニウムについて長い間議論し、2011年にいったん方針を出していた。「MOX燃料にして原発で使う」である。これを第一選択にしながら「長期保管する」「捨てる」という二つの選択肢も残して検討を続けてきた。そして今回あっと驚く「捨てる」に変えたのである。コストが低く、安全保障上の問題もないと判断したからだろう。

 実は捨てるのも簡単ではない。プルトニウムは核兵器の材料になるので将来、誰かが掘り出すリスクは残せない。そのため英国政府はプルトニウムを不動化した後に地中に埋める。不動化とは「イモビライゼーション」(immobilization)のことで、プルトニウムの粉末にカルシウム、チタンなどの酸化物を混ぜ、焼いてセラミック化し、何にも使えない状態にすることだという。

 プルトニウムは原発の使用済み燃料の中にできる。再処理でプルトニウムを取り出してMOX燃料にし、高速増殖炉という特殊な原発で燃やせば、使用済み燃料中のプルトニウムが増えるという現象が起きる。これを繰り返せば燃料が減らない原子力システム「核燃サイクル」ができる。

 この夢のようなシステムに多くの国がエネルギーの未来を託した。まだ再生可能エネルギーという言葉もない時代だった。しかし今では、プルトニウム利用がコスト高であることは常識になり、どの国の核燃サイクル政策もつまずいている。西側の国だけ見ても、米国は70年代に核燃サイクルから撤退、ドイツは2023年に原発そのものから撤退した。比較的うまくいっているフランスでもMOX燃料にして普通の原発で使うプルサーマルを実施しているが、高速増殖炉の開発は止まっている。

 

日本の20㌧を含む140㌧

 英国には特有の事情もあった。英国の原子力政策は「先進的だが失敗が多い」といわれる。1956年に世界初の商業用原発(ガス炉)をつくり、原子力先進国としてスタートした。

 その後英国は「核燃サイクルの時代がくる」と考え、いち早く高速増殖炉の開発、使用済み燃料の再処理工場(ソープ)の建設へ突き進んだ。しかし、やがて安全性やコストの問題から高速増殖炉の開発をあきらめ、プルトニウムの主な使い道はなくなった。完成したソープを運転するかしないかも論争になったが、莫大な費用と国家の威信をかけて建設したソープを止めることはなかった。日本とドイツの再処理を一部引き受けていたことも止められない理由だった。

 ソープの運転で再処理は進んだが、その結果、使う当てのないプルトニウムがどんどんたまっていった。今英国内には140㌧の余剰プルトニウムがある。100㌧以上が英国のもの、20㌧以上が日本のものだ。

 英国もいくつか政策判断を間違えたかもしれないが、今から考えると、「プルトニウムが必要とされる時代が来なかった」ということだろう。英国は、他の国より先んじてプルトニウム利用にまい進し、他の国より早めに壁にぶつかったといえる。

 結局のところ、「プルトニウムの妖精」は現れなかった。魔法の棒がプルトニウムを消すことはなく、英国は地中に埋めるという極めて泥くさい方法で処分することになった。プルトニウムを求めてきた一つの時代の終わりを象徴するものだ。

 

「引き取ってもいい」の誘い

 さて日本はどうするのか。日本の政策は昔から変わらず、今も「核燃サイクルをめざす」である。しかし、足元をみれば、高速増殖炉「もんじゅ」は開発途中で廃炉になり、六ケ所再処理工場は97年に完成予定だったが、27回完成が延期され今も動いていない。核燃サイクルは実質的に破綻している。

 日本は23年末で英国内に21・7㌧、フランスに14・1㌧、日本国内8・6㌧の計約44㌧のプルトニウムをもつ。プルトニウムの消費法としては小規模のプルサーマルを実施しているだけだ。しかし、英国内にMOX燃料をつくる工場はなく、日本もまた英国内のプルトニウムの使い道に困っている。

 興味深いことがある。英国は日本など外国に対し「条件が合えばプルトニウムを引き取ってもいい」という姿勢なのだ。「100㌧捨てるのも120㌧捨てるのも技術的には一緒」ということか。

 英国が外国のプルトニウムを引き取る場合、条件がある。英国の関係者の話を聞くと「英国の納税者への追加負担とならない方法で行う」といっている。つまり「処分するコストは負担してもらう」ということだ。

 捨てるには技術もコストもかかるので英国にとって当然だが、日本にとってはとんでもないことだ。お金を払って引き取り、捨ててもらうということは、プルトニウムはマイナスの価値、ゴミとみなすことだ。戦後ずっと核燃サイクル実現をめざしてきた日本にとっては驚天動地のことになる。だから簡単にはそういうことにはならないだろう。

 六ケ所再処理工場をもつ日本原燃の増田尚宏社長は早速会見で、「英国と日本では事情が異なる。日本ではプルトニウムは有用な資源」とサイクルの重要性を強調した。

 しかし、各国の状況によって、多少の差はあるだろうが、「英国のプルトニウムは価値がなく、日本のものは大きな価値がある」ということはあるのか。

 プルトニウムを捨てる時代が始まろうとしているときに日本は今からプルトニウムをつくろうとしている。このおかしさは正面から考えたい。原子力や核燃サイクルは放射能など難しい課題は多いがしょせんは「発電の手段」でしかない。経済的に成り立たなければ追求する理由はない。日本のサイクル政策を経済性からチェックしなければならない。

 

たけうち・けいじ▼1952年生まれ 80年朝日新聞社入社 和歌山支局 福山支局 科学部 ロンドン特派員 編集委員 論説委員など 地球温暖化の国際交渉 チェルノブイリ原発事故の被災地 東電福島第1原発事故 再エネ政策などを取材 著書に『地球温暖化の政治学』『電力の社会史 何が東京電力を生んだのか』(いずれも朝日選書)

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