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東京電力福島第1原発 デブリ取り出し/「0・7㌘」の大きな一歩/保管や処分方法は未定(高内 広樹 福島民報社報道部)2025年3月

 0・7㌘―。昨年11月、東京電力が福島第1原発2号機から試験的に採取した溶融核燃料(デブリ)の重さだ。

 2011(平成23)年3月11日の東日本大震災の発生直後、原発建屋は大きな津波の直撃を受け、全電源を喪失。冷却が止まった核燃料が溶けて炉内の構造物と混ざり合いながら固まったものをデブリという。1~3号機に合わせて880㌧あると推計される。事故炉からの取り出し作業は世界に例のない未知との戦いで、「廃炉最大の難関」だ。13年8カ月の歳月をかけ、ようやく姿を見せたのは全体の約12億分の1、「耳かき一杯程度」。この事実が、作業の道のりの険しさを如実に物語っている。

 

■工程「最終盤」 実感と乖離

 デブリの採取着手により、国と東電が定める廃炉工程表は第3期に入った。全工程の「最終盤」に当たるが、県民の実感とは大きく乖離している。

 試験的取り出しを巡ってはトラブルが続いた。当初、東電は事故発生から10年となる「2021年内」の開始を目指した。しかし、取り出しの要となる機器「ロボットアーム」で制御技術の改良などが必要になり、スケジュールを3度延期した。さらに、アームの投入口を予定していた原子炉格納容器の貫通部に堆積物の存在が判明。より細いパイプ型装置に変更を強いられるなど、次々起こる予期せぬ事態が作業の進ちょくを阻んだ。

 試験的採取に着手した昨年8月には、装置を格納容器内に入れる際、押し込むためのパイプの並び順を誤る初歩的なミスが判明し、作業はわずか1時間半で終了した。その後も装置先端に搭載したカメラの映像が映らなくなるトラブルも発生。県や専門家からは「東電の協力企業任せの体質もミスを招いた一因」との批判も噴出したが、放射線量が極めて高い環境下での作業の困難さを、あらためて県民に思い知らせた。

 0・7㌘は小さな一歩に違いないが、本格的取り出しに向けては大きな一歩であるのも確かだ。有識者は「放射性物質を原子炉建屋外に漏らすことなく、デブリを採取できた技術的な意義は大きい」と評価する。日本原子力研究開発機構(JAEA)はデブリを茨城、兵庫両県内の5施設で詳細な分析を進めている。東電は分析結果を今後計画している大規模な取り出し工法の選定などの検討材料とする。また、3月にも2号機からの2度目の採取に挑む。

 

■県は県外搬出求めるが

 東電は2030年代に3号機でデブリの本格的な取り出しを始めるとしている。しかし、実現までの工程や費用はまだ見えていない。まずは2号機のデブリの試験的採取を確実に進め、科学的データを蓄積する必要がある。

 本格的なデブリ取り出しが可能になったとしても、保管や処分方法はまだ決まっていない。当面は原発敷地内に保管する計画だが、その後の対応は未定だ。

 デブリの処分は廃炉完了までに解決すべき大きな課題となる。東電の小早川智明社長は1月の福島民報社の取材に「デブリの最終的な保管を検討する材料が整い始めたばかりで(廃炉の最終形までは)申し上げられる段階にはない」と語った。県は県外搬出を求めているが、「受け入れ先が見つからないのではないか」との見方もある。原発事故が現在進行形で続いている事実を東電は重く受け止め、早急に道筋を示すべきだ。

 

たかうち・ひろき▼2019年入社 編集局報道部 社会部 喜多方支社を経て 24年4月から現職

 

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