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問題提起 続けていく(吉田 野乃花 北日本新聞社社会部)2024年3月

東京電力福島第一原発

 崩れ落ちた住宅、枯れ草の中に埋もれた車、空っぽのガソリンスタンド―。集合場所のホテルから東京電力福島第1原発に向かう途中、バスの中から見えた景色に言葉を失った。東日本大震災当時は小学6年生。福島県の浜通りを訪れたのは、社会人3年目の今回が初めてだ。自分が子どもから大人に育った間も、原発事故によって全町避難を余儀なくされた町はあの日のままだった。

 東電は、福島第1原発2号機の溶融核燃料(デブリ)について、目標としていた2023年度中の採取開始を断念した。視察では、2号機と同じ構造という5号機に入り、デブリの取り出し口となる原子炉格納容器側面の貫通部を見た。1~3号機のデブリは推計880㌧。本当にこの小さな穴から取り出せるのか。採取したものはどう保管するのか。東電は「30~40年で回収」としているが、いまだ廃炉のゴールは見えていない。最悪レベルの事故のすさまじさを間近に見て、数々の不安を覚えた。

 元日、能登半島地震が起きた。志賀原発は安全上の大きな問題はないとされたが、変圧器が故障するなどのトラブルが相次いだ。石川県が定めた避難ルートの過半が能登半島地震で寸断され、避難が難しい状況になっていたことも分かった。あの事故の記憶は年々薄れ、今後は事故を知らない世代も増えてくる。二度と同じことを起こさないためには。いざという時の計画は妥当か―。自分事として捉え、検証し、問題提起し続けなければならないとの思いを強くした。

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