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岩手の防災・復興教育/「いのちの授業」つなぐ/公立50校に定点調査(小野寺 隼矢 岩手日報社報道部)2024年3月

 東日本大震災から13年。その年に生まれた子どもは今年、全員が中学生年代になる。これからの社会を担うのは災禍を経験していない、記憶がない児童生徒たち。「いのちの教え」を未来につなぐため、私たちは防災教育の現場取材を続けている。

 

■高校生が中学に出前授業

 岩手の子どもたちの防災意識はおおむね高い。それは、震災後の2011年度から岩手県内の公立学校で展開される独自のプログラム「いわての復興教育」によるところが大きい。「いきる かかわる そなえる」の三つの教育的価値を掲げ、命や家族の尊さ、地域への愛着を深める内容で、子どもたちは学校での学びを後輩や地域に還元する良い流れができている。

 特に「あの日」の記憶がおぼろげながらも残る高校生年代の存在が頼もしい。沿岸北部の種市高は地元小中学校への津波防災に関する出前授業を展開。潜水と土木の知識や技術を学ぶ全国唯一の海洋開発科がある特色を生かし、水槽で津波の発生メカニズムを再現し、幼い子にも視覚で早期避難の重要性を訴える。

 内陸北部の一戸高(4月から北桜高)は相次ぐ豪雨災害を受け、生徒有志が全校で防災意識調査を実施。避難意識の向上へ、避難生活に必要な用具をまとめる「防災ボトル」作りワークショップを企画するなど、地域と連携した取り組みに力を注いでいる。

 子どもたちの生きた実践を記録、発信し、大人を含めた防災意識を喚起することは、地域の生活に密着する地方紙ならではの役割だ。加えてもう一つの柱に、岩手大と共同で県内の公立小中高、特別支援学校の計50校にアンケート形式で行っている定点調査がある。

 震災の教訓を踏まえた授業の状況や、地域や家庭と連携した災害に対する「備え」の意識や実践、命を守る教育を進める上での教職員の課題や葛藤の経年変化を可視化する狙い。23年度で5回目となり、例年、児童生徒2千人余、教職員1千人前後の協力をいただいている。

 

■次なるリスク、備えいかに

 その中で直近の課題の一つに、日本海溝・千島海溝沿い巨大地震への備えが挙げられる。岩手県が22年9月に公表し、東日本大震災を上回る犠牲者数を示した「最悪条件」の被害想定について、23年度調査で内容を「知らない」とした児童生徒が6割超に上った。岩手県の三陸地方に伝わる教訓「津波(命)てんでんこ」の意味を理解していない子どもも6割超おり、特に震災後生まれの小学生年代への浸透が低い。全県で学びを深める工夫が求められている。

 教職員の状況はより複雑だ。公表から1年半がたつが、被害想定を授業などで扱ったのは2割弱のみ。対応が遅れている理由には「(想定を)詳しく理解していない」との声が目立ち、「子どもを不安にさせたくない」と個人判断で制限を設けたり、「時間の余裕がない」と多忙化が背景とみられる指摘もあった。震災を経験していない教職員も増え、改めて防災・復興教育の組織的な指導体系を見直し、強化する時期に来ていると感じる。

 震災で、子どもたちの率先した避難行動がつないだ命があった。逆に、失われた、救い得た若い命もあった。次世代に、あの日の思いを繰り返させないために。使命感と現実のはざまで葛藤する教職員の背中を押せるように。命の学びの現場を多角的に報じ続けることが、被災地の新聞社の役割と信じている。

 

おのでら・じゅんや▼2011年入社 報道部 遠野支局 国際部などを経て 23年10月より現職

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