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山本龍彦さん 憲法学者/AI社会に個の尊厳守る(村井 七緒子)2024年3月

 『AIと憲法』という本を読んで、編著者で憲法学者の山本龍彦・慶応大教授に会いに行ったのは2019年夏だった。

 当時、IT業界の担当記者として「リクナビ事件」を取材していた。就職情報サイトの運営会社が就活生の内定辞退率を予測して企業に販売していた、前代未聞の出来事。大量のデータからAIが個人の属性や好みを予測するプロファイリングの問題が、実社会で浮き彫りとなった。山本先生は「データをとられない自由」に言及し、「社会の基本的価値についての議論が必要なんです」と話した。この頃、IT企業が相次いでスコアリングサービスを開始していた。私は、言語化できずにいた問題意識が山本先生の話で明確になり、このテーマをさらに取材したいという原動力になった。

 それから数年のうちに、生成AIが登場し、AIとどう向き合うかは社会の主要課題の一つになった。山本先生のもとを訪ねる頻度も増えたが、軸は一貫して変わらない。「AI社会で個人の尊厳や自己決定権をいかに守るか。そのためには、民主主義をアップデートしなければいけない」

 

遺伝情報で方向決まったら

 ご実家は海苔屋の分家。本家に常に気をつかう封建的家族観への反発が山本先生の原点にある。家業を継がずに研究者の道に進もうと考えていた頃、紀伊国屋書店の新書コーナーで遺伝子の本が偶然目にとまった。人間の全遺伝情報を解読するヒトゲノム計画が進行中だった。生まれもった遺伝情報で将来を予測され、生き方を方向付けられることになれば、重大な憲法問題ではないか。これがデータと憲法を考える出発点になった。

 欧州連合(EU)で16年にまとまった一般データ保護規則(GDPR)では、AIによるプロファイリングに異議を唱える権利や、自動処理のみによって重要な判断をされない権利が盛り込まれた。「データで確率的に判断される点に、個人の尊厳の問題がある」。山本先生にとっては、AIも遺伝子と地続きだった。

 この間、AI技術を背景としたデジタルプラットフォームの権力強化は進み、生成AIへの懸念も膨らむなか、政府は新たなルール作りを急ぐ。問題提起してきた山本先生はいくつもの有識者会議に出席して多忙を極めるが、研究の時間を削ってでも呼ばれれば出ていく。「今は地固めのとき。憲法的視点を欠いて議論が進んでいくのが怖い。やりたいというより、やらないといけない」と、その理由を話す。

 AIをはじめとするデジタル化の進展に民主主義社会はどう向き合うかは、私自身の問いにもなった。21年からベルギーの大学院でデジタルメディアを学び、EUのデジタルサービス法(DSA)の立法過程に市民団体が与えた影響を研究した。民主主義的価値を守るうえで、ルール作りを政府や企業任せにせず、市民社会が主体的に参加する重要性を認識した。

 

「自己決定」の重要性軸に

 山本先生は昨年9月から、消費者委員会の委員も務める。人々の消費行動もデジタル化で大きく変容しており、守備範囲は広がる一方だ。

 山本先生がまいたデジタル社会における憲法的視点の種が、いずれ芽を出し、社会に根を張って育つまで、どれくらいかかるだろうか。その過程を、報道の立場から引き続き追いかけていきたい。

 

(むらい・なおこ 2011年朝日新聞社入社 経済部)

 

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