ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。


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徳田靖之さん 弁護士/辺境の声なき声 酌み続け(川名 壮志)2024年1月

 「これが、うまいんだよ」。豊後水道に面した大分県。関アジ、関サバ、それにフグ、と高級魚がめじろ押しの土地柄なのに、その人が酒場で頼んだのは、カワハギの刺身だった。大分市の繁華街「都町」の安酒場だ。

 徳田靖之さん(79)。法曹にこの人あり、と私が口に両手をあてて喧伝したい人だ。弁護士歴50年超。都町の端っこにあるコンクリートむき出しの古いビルの2階に徳田さんは事務所を構えている。

 徳田さんに代理人や弁護人を依頼するのは、「無名」の市民。薬害スモン、薬害エイズ、ハンセン病患者の訴訟……。酌みとられるのは、サイレントマジョリティーならぬ「サイレントマイノリティー」の声だ。

 東京や大阪といった大都市ではなく、辺境で上がった声は、最初はかすかで、耳を澄ましても聞こえない。でも、その訴えは切実で、本質的なので、波紋は広がり、ついには国や制度を変えてしまう。

 

隔離裁判の違憲性を指摘

 埋もれた事実を明らかにして、浮かび上がる課題を解決する――。新聞記者なら、だれもが自分のペンで成し遂げたい夢を、弁護士活動を通じて徳田さんにやられてしまう。

 まだ徳田さんと面識がなかった2014年、司法記者クラブで私が最高裁担当をしていた時のこと。「事務総局でハンセン病関連の動きがあるんじゃないか」。そう私に告げたのは、司法取材とはまるで縁のない先輩記者だった。

 小泉純一郎首相(当時)が控訴断念を表明したハンセン病国賠訴訟から、すでに十数年が過ぎていた。「ありえない」。ハンセン病問題は「終わった」話だと思っていた私は、そうキャップに伝えた。

 ところが、事務総局を取材してみると「よく知ってるね。ハンセン病患者の裁判を隔離法廷(特別法廷)でしたことの違憲性を検証しているんだよ」との返答。「社内抜かれ」だった。あわてて出稿した記事は一面となり、各社もすぐに追いかけた。

 先輩のネタ元は徳田さんだった。というより、徳田さん本人が、隔離法廷は憲法が保障する「裁判の公開」に反する人権侵害だとして、最高裁に検証を求めていた。後に最高裁が隔離法廷の違憲性を認め、事務方トップの事務総局長が謝罪したのは周知のとおりだ。

 

「人は繰り返し間違える」

 その後、私は大分支局のデスクに異動し、以後、徳田さんとお付き合いをしている。飾らず、いたずらに正義を振りかざさない徳田さんが、酒席でさりげなくいった言葉がある。

 「人は間違える」。よく聞くフレーズだが、それだけでは終わらない。「人は繰り返し、間違えるものなんです」。そして「人は過ちを犯して、弱くて、なおかつすばらしい」と徳田さんは続けた。

 振り返れば、私は失敗ばかり。しかも一度間違えたことを、また繰り返してしまう。それだけに徳田さんの言葉に励まされる。

 今、徳田さんが力を入れている裁判の一つが、旧優生保護法による強制不妊の問題だ。社会政策によって弱者に不妊手術を強いた国に責任を求める訴訟は今、最高裁大法廷に係属している。

 人は間違える。だが本当に恐ろしいのは国が間違えること。そして、その誤りを認めないこと。徳田さんの言葉を、私なりに、そう解釈して取材を続けている。

 

 

(かわな・そうじ 2001年毎日新聞社入社 佐世保支局 東京社会部などを経て 20年からオピニオン編集部)

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