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唐池恒二さん JR九州相談役/「ななつ星」世界一の夢紡ぐ(吉田 修平)2023年11月

 10月14日午前、JR博多駅(福岡市)の6番ホームは赤いカーペットが敷かれ、華やかな雰囲気に包まれていた。

 JR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」の運行開始10年に合わせた記念出発式。当時の社長を務めていた唐池恒二相談役が主催者代表として「世界一になりたいと思って(ななつ星を走らせて)きた。今日のお客さまにも『世界一』と言ってもらえるような旅をつくりたい」とあいさつした。

 唐池さんと私のお付き合いも10年を超えた。

 初対面は、私が経済部の運輸担当記者になった2013年8月だった。恥ずかしながら、他社に抜かれた記事の事実確認のため、ご自宅を訪ねたのが始まりだった。インターホンを押すと、玄関先まで出てきてくれた。初対面にもかかわらず、気さくに応じていただいた。結局、記事の核心部分については、言葉を濁されたままだったが…。

 

「道楽には付き合えない」

 唐池さんは、本流の鉄道事業での勤務経験がほとんどない。国鉄民営化で発足したJR九州が経営多角化を進める中、外食事業や船舶事業などで持ち前の手腕を発揮。斬新な発想で数々の成功を収めた。その裏には「手間をかけ、誠実に向き合った仕事や商品は、お客さまを感動させる」(唐池さん)との思いがあったという。

 「経営者の役割の一つは、従業員に夢を与えること」という唐池さん。09年の社長就任直後、主だった部長や課長を前に「世界一の豪華寝台列車を走らせたい」と提案した。当初は「採算が取れません。社長の道楽には付き合えません」(現社長の古宮洋二さん)と反対の声もあったそうだ。

 ただ、現在も続く人気ぶりを見れば、ななつ星の成功は明らかだろう。運行開始から10年間で、延べ1万9千人(9月末現在)が乗車し、平均倍率は14・2倍。21年には、米国の有力旅行誌「コンデナスト・トラベラー」の読者投票で、初の列車部門1位に輝いた。悲願の「世界一」をついに射止めた。これまで3年間、トップの座を明け渡していない。

 

持論「神社参道論」を導入

 10年の歳月とともに、唐池さんは社長、会長、相談役を歴任。私の肩書も記者からデスクへと変わった。唐池さんによる本紙の寄稿コラムの担当デスクとなり、私が本社を離れる7月末までやりとりが続いた。月2回の掲載だが、読者からの反響も少なくなかった。

 特に印象深かったのが、唐池さんの持論「神社参道論」だ。「神社の参道は長いほどありがたみが増し、参拝時の感動が大きくなる」という。室町時代に能を大成させた世阿弥が説いた「序破急」の理念に近いものだ。

 ななつ星にもこの持論が導入されている。食事用のラウンジカーと最上級の客室を両端の車両にそれぞれ配置。「最上級のお客さまが最も長い距離を歩くけれど、主役は最後に優雅に登場するものだ」(唐池さん)との狙いという。

 現在、JR九州本社の相談役室の前には「よろず相談承ります」と記された看板が掲げられ、常に扉が開かれている。唐池さんは経営の第一線から退いているが、この扉から、また私たちを驚かせる新たな発想が生まれ出るのではないかと心待ちにしている。

 

 (よしだ・しゅうへい 2004年西日本新聞社入社 経済部 東京報道部などを経て 現在 長崎総局次長)

 

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