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処理水 海洋放出/「廃炉と復興」交錯する苦悩/賛成・反対 紡ぎ合う作業に(渡辺 晃平 福島民友新聞社浪江支局長)2023年3月

 東京電力福島第1原発事故から12年を迎える。喫緊の課題となっているのが、今春にも差し迫った処理水の海洋放出を巡る理解の醸成だ。処理水の処分は「廃炉と復興」の両立に向けて避けては通れない作業となるが、福島県内は漁業者を中心に反対の声が根強い。一方、福島第1原発が立地する大熊町と双葉町は処理水の早期処分を求めている。しかし、そこには賛成や反対という分かりやすい構図があるわけではなく、復興に向けた複雑な思いが交錯する。

 海洋放出を巡っては、県漁連や全漁連は風評への懸念から「断固反対」の立場を貫いている。県内の市町村議会でも反対の決議や慎重論が相次いだ。内容は「国内外の理解が深まっていない」「当面は陸上保管を継続するべきだ」などとしている。

 一方で大熊、双葉の両町議会は2020年9月、処理水の処分法の早期決定を政府に求める意見書を可決した。いずれも、海洋放出や大気放出など具体的な処分の在り方の是非には触れていないが、新たな風評被害の発生を防ぐ対策の強化などを求めた上での苦渋の決断だった。

 ここで一度、処理水について再確認したい。福島第1原発の廃炉では、事故で溶けた核燃料への注水、流入する地下水や雨水で大量の汚染水が発生する。汚染水は多核種除去設備(ALPS)で処理するが、トリチウムの除去は今の技術では現実的に難しい。東電はトリチウム以外のほとんどの放射性物質を取り除いた処理水などをタンクに保管。放出する前に海水で薄め、トリチウム濃度を国の排出基準以下にするとしている。

 なぜ処理水を処分しなければならないのか。原発構内にたまり続ける処理水は現在、約134万㌧に上る。1千基を超える大きなタンクがひしめき合い、今夏にも容量が満杯になる見通しだ。今後の廃炉では燃料デブリの取り出しや廃棄物の一時保管を行うため敷地の確保が必要で、これ以上タンクを増やすことはできない。大熊、双葉の両町長は取材に「陸上保管の継続は問題の先送りに過ぎず、復興や住民帰還の妨げになる」との考えを示している。

 

「進んで話題にはしない」

 処理水のタンクは2町にまたがる原発構内の大熊側にある。海洋放出についてどう思うか―。大熊町に帰還した男性に尋ねると「賛成でも反対でもない。でも、あれをどうにかしないと、俺らの住むところがなくなっちゃうよな」と地元が置かれる現状を端的に述べた。そして「政府と東電を信じて流すしかない」と語った。同じく大熊町に住む女性は処理水の科学的安全性について「受け止めている」とした上で「漁業者がこれまで積み重ねてきた不断の努力を思うと、自ら進んで話題にしない。私も彼らが取った魚の消費者だ」と複雑な心境を明かした。

 

県民が希望持てる報道を

 福島第1原発から北に約7㌔地点の請戸漁港を抱える浪江町も苦悩の道を歩んできた。町議会は20年3月、反対の決議を可決。しかし21年6月には、放出に関する丁寧な説明などを求める意見書を可決した。議員からは「海洋放出の容認と受け取れる」との指摘が出たが、別の議員からは「反対の決議を前提にしている。しかし、復興の停滞は許されない」との意見が上がった。港町であっても、廃炉の進展は地域の復興のために切り離して考えることはできない。

 県漁連の野崎哲会長は今後の処理水の議論の進め方について「賛成派と反対派が互いに許さないのではなく、互いが紡ぎ合う作業になる」と語った。原発事故からの再生に向けて、絶え間ない困難に立ち向かう県民がそれぞれの環境で希望が持てるよう、議論を深める報道に努めたい。

 

わたなべ・こうへい▼2016年入社 本社編集局報道部 相双支社を経て 21年10月から現職

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