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東日本超える「最悪」想定/津波防災の転換を探る/沿岸支局記者で連載企画(金野 訓子 岩手日報社宮古支局長)2023年3月

 東日本大震災の発生から12年。復興事業のハード整備が終了した被災地は、新たな課題と向き合っている。岩手県が昨年公表した、最大クラスの地震津波想定への対応だ。

 この想定は、震災級や日本海溝・千島海溝沿いを震源とする地震を対象に、津波の越流で防潮堤が破壊される「最悪」条件で算出された。沿岸全12市町村のうち9市町村の庁舎が浸水し、震災後に最大12㍍かさ上げした陸前高田市高田町の市街地にも数㍍の津波が及ぶ。県内の犠牲者数は最大7100人と震災を上回り、住民が地震後直ちに避難を始めても922人は助からないという厳しい内容だ。

 震災以降、沿岸部は新たな防潮堤など厚い防災基盤が構築された。一定の安心感を得ていた住民にとって、新たな危機への受け止めは複雑だ。

 陸前高田市で自宅を再建したばかりの被災者は「復興に時間をかけた意味があったのか」と吐露。「非現実的」「しばらく津波は来ない」と懐疑的な見方もある。足が不自由な妻と二人で暮らす宮古市の高齢男性は「次は逃げ切れない」とあきらめるようにつぶやいた。

 現状の対策に限界があるのなら、対策を更新する。新想定を次の備えにどう生かすべきか考える契機にしたい。そんな思いで昨年11月、沿岸支局記者による連載企画「転換 津波防災」に取り組んだ。

 想定される死者数が県内最大の4400人に上る久慈市は、浸水面積が震災の約3倍、13・1平方㌔に及ぶ。60超の指定避難場所・避難所が浸水する可能性があり、震災後に建設した避難タワーも避難場所から外すなど見直しを急いでいる。

 高層の既存施設が少ない地方にとって、安全確保に新たな施設整備を求める声は根強い。支援策として、政府は沿岸12市町村を「特別強化地域」に指定し、避難対策の整備費に対する国庫負担率を引き上げる方針だが、それでも市町村の負担は重く、国の支援拡充が不可欠だ。

 

選択肢として「車避難」も

 県は迅速な避難で死者数が8割減ると強調し、選択肢として「車避難」も示した。津波避難は「原則徒歩」とされるが、冬の夜道で高齢者や要支援者が安全な場所へ自力移動するのは難しい。

 現に、冷え込む夜に津波警報が発表された昨年1月のトンガ沖火山噴火津波の際には、避難指示対象者の避難率はわずか4・7%で、自家用車の利用が目立った。震災時、避難を試みた車が渋滞して犠牲者が出たという教訓を踏まえつつ、地域の実情に応じた現実的な避難ルールの構築が必要だ。

 

要支援者の個別計画急げ

 取材を通じて共助の基礎となる自主防災組織の高齢化・形骸化を痛感した。津波避難は、めいめいに逃げる「津波てんでんこ」が基本だが、共助により救われる命も確実にある。

 岩手日報社の調査(昨年9月時点)では、沿岸12市町村が把握するお年寄りなど災害時の要支援者のうち個別に避難計画が策定されたのはわずか7・9%で、全県平均の21・9%より低かった。コミュニティーの再生が途上にある被災地は支援側の人材確保が難しい現実が反映されている。

 私たちは震災でかけがえのない多くの命を失った。助かる命を確実に助け、「逃げ切れない」環境があれば対策を講じる。あの日の惨禍を繰り返さないために、報道を通じて共に考えていく重みを感じている。

 

きんの・のりこ▼2008年入社 報道部 北上支局 東京支社編集部などを経て 22年4月から現職

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