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連合福岡ユニオン志水輝美さん/団交の鬼 「泣き寝入りにはさせない」(竹次 稔)2022年1月

 「『団交の鬼』という連載タイトルとしたいのですが…」。連合福岡ユニオン(福岡市)特別執行委員の志水輝美さん(70)は普段、穏やかで優しい細身の紳士だ。だが、1000を超える組織と団体交渉(以下、団交)で渡り合ってきた全国屈指のすご腕の交渉人。「いいですよ」。私の心配をよそに、いつも通りあっさりと提案を受け入れてもらった。

 1人でも加入できる同ユニオンは1996年の結成。志水さんは設立を主導し、初代書記長に就任した。賃金の未払いや突然の解雇、ハラスメントなどの相談に乗り、団交を通じ、労働者の立場から問題解決に取り組んできた人物だ。志水さんを主人公とした連載「団交の鬼―ブラック企業との闘い」(紙面は2021年9月7日から12回)を担当した。

 

■ユニオンは私の学校だった

 

 約10年前、社会部で労働問題を担当し、ユニオンとのお付き合いが始まった。多くの労働相談が寄せられるユニオンは、私にとっては学校のようなもの。廃棄物処理会社で、約200万円の赤字を出したとして社長から自腹を強要された男性。ある自治体で、偽装請負で働かされていた女性。ソフトバンクホークスの選手をテレビCMに使うような地元有名企業による残業代の未払い…。ユニオンに駆け込んできた組合員を紹介してもらい、多くの記事を書いた。その後、待遇が悪い非正規公務員や外国人技能実習生などの問題も取材するようになったが、ユニオンが私の労働取材の原点だ。

 「ばか! 若者の人生を台無しにしているんだぞ」。志水さんは団交で、鬼に変貌する時がある。福岡県にある車の整備などを行う店。30代男性は先輩からしつこいパワハラに遭っていた。19年7月、仕事中に突然体当たりされた。その後、思い出すと震えが止まらなくなり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断を受ける。全国でも珍しいPTSDでの労災認定も認められた。

 ところが会社側は、店長が体当たりを目の前で見ていたなど、事情を知っているのにまったくパワハラを認めない。それに怒りを爆発させたのだ。志水さんは今も、労使交渉の最前線に立つ。「謝罪があるまで闘うだけだ。泣き寝入りには絶対にさせない」と、この男性を支え続けている。

 

■経営者からも感謝の電話

 

 連載のため、かつて志水さんと団交を経験した人たちに取材をお願いした。志水さんを今も慕い、誰もが過去の闘いを振り返る取材を受け入れてくれた。労組を離れても、組合費を支払い続ける人たちが多くいるだけではない。相対した会社側の代理人だった弁護士、経営者団体の元幹部も快く話を聞かせてくれた。「多くのことを勉強させてもらった」。かつて対立した経営者からも、連載を読んで感謝の電話が寄せられていた。

 行政による労働相談には限界がある。労使双方の意見を尊重するのはやむを得ない面もあるが、特に立場が弱い非正規労働者が経営側を訴える場合、労働者を守る労組法の枠組みを使わないと、労働環境の改善はなかなか進まない。

 そこを地域ユニオンが担ってきた。「平易な言葉で使用者側に説明する。誠実に交渉し、自己批判もする。つまり、真面目であることを大切にしてきた」。志水さんのこの信念を、取材活動でも反すうするようにしている。

 (たけつぐ・みのる▼2004年西日本新聞社入社 現在 クロスメディア報道部)

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