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ノーベル医学生理学賞受賞・山中伸弥さん /敵作らず応援者増やす達人(小林 基秀)2021年5月

 人工多能性幹細胞(iPS細胞)を開発し、2012年のノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥さんに聞きたいことが二つあった。「日本の科学者は将来、ノーベル賞を取れなくなるのか」「『STAP細胞』騒動時の報道をどう感じたか」だ。

 17年10月、京都大iPS細胞研究所(CiRA)の自室で山中さんは、私の矢継ぎ早な質問に嫌がることなく、淡々と答えた。

 

■ノーベル賞も「採点競技」

 

 「結局、論文(審査)もノーベル賞も人が決める採点競技なんです。フェアなようで、誰を知っているか、どれだけアピールしているかが間違いなく影響します」

 その採点者の多くは米国の研究者。「中国は国策で優秀な人材を米国などに送り出し、優遇して呼び戻す。逆に、日本から留学する人はどんどん減っています」。科学技術立国・日本の国策は? 「(中国政府のような)動きはないです。研究の中心である米国の目が日本を通り越して中国に向きつつあります」

 ノーベル賞を取り、今も米グラッドストーン研究所上席研究員を兼務する山中さんだからこそ「採点競技」と喝破し、内向きの日本の現状を指摘できると感じた。

 14年1月、理化学研究所の研究者がSTAP細胞の作製に成功したと発表した際、iPS細胞はSTAPに比べ「がん化する恐れ」「作製効率が悪い」などと報じられた。その欠点はiPSが初めて作られた06年の話であり、14年時点では解消されていたのに。

 当時の報道について山中さんは「異様でした。どうしてこうなるのか不思議で仕方がありませんでした。私たちに何ができるか、冷静に事実を発表していくしかないと(考えた)」。その報道の約10日後に記者会見し、STAPとiPSの比較報道には「三つの誤解」があるとの見解を示した。

 研究発表の誇張や誤りによる報道のミスリードがたびたび問題になってきた。CiRAは「できもしないことを大げさに発表していないかを事前にチェックする」ため博士号を持つ広報担当を置き、対等な関係でダメ出しする。「手本はグラッドストーン研の組織」。研究だけでなくガバナンスも米国に学び、実践していた。

 

■失敗に厳しすぎる日本

 

 山中さんは日本の科学報道について「メディア、国全体が失敗に対して厳しい」と語った。「例えば日本で心臓移植が何十年も遅れたのは最初の失敗が尾を引いている」として札幌医大で1968年に行われた和田移植に言及。「日本の文化というか、新しいことをやる上でうまくいかなかった時、障害を乗り越えて前に進める可能性があるものが、そこでストップしてしまう恐れがあります」

 その文化が、研究に支障をきたす懸念は?

 「iPS細胞は網膜とか脳とか心臓とか、ありとあらゆる応用があって全部違う治療。何か問題があった時(iPS研究は)総崩れというような報道は正確ではないと思います」

 約1時間のインタビューで山中さんは、あらゆる問題点を指摘しつつ誰も責めず、恨み節も口にしなかった。iPS細胞治療の実現には多額の資金と国民の理解が必要だ。敵をつくらず応援者を増やす。誰かを批判するより、誤解を解くために動く。それを実践する山中さんは、コミュニケーションの達人でもあるのだろう。

 

(こばやし・もとひで 北海道新聞社編集局編集本部委員)

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