ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。


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元大阪府知事・大阪市長 橋下徹さん/強烈な伝達力で記者と真剣勝負(奥田 信幸)2021年3月

 ワイドショーや情報番組のコメンテーターとして重宝され、関西では、ニュースやバラエティーにも出演し、テレビでこの人の姿を見ない日はない活躍ぶりである。38歳の若さでタレント弁護士から大阪府知事に転身を果たし、政党も立ち上げた橋下氏も、もう51歳、国政に舞台を移すのではとささやかれ続けているが、今のところその気配はない。

 

■意外、人の話を聞く姿勢

 

 現役の政治家では考えられないような「歯に衣着せぬもの言い」で注目を集めた橋下氏だが、実際、彼のコミュニケーション能力は人並外れていた。街頭演説に立てば、告知なしでも人だかりができ、週1回の定例会見に加え、毎日登庁退庁の2回記者の質問が途切れるまで続く〝ぶら下がり取材〟では、時に1時間以上も原稿なしでしゃべり続ける。ほぼ毎回、質問を投げ続けて来た私にとっては、当時、家で妻としゃべる時間よりも、橋下氏と議論している時間の方が長かった印象がある。対立する政治家やメディアを口汚くののしり、腹立たしく思うこともあったが、勉強熱心で意外に人の話を聞く姿勢と、論理的で熱い語り口は、役人や番記者の間では必ずしも評判が悪かったわけではない。ただ、当時政治家がツイッターを使い始め、会見をライブ配信した先駆けとして人気を集めていた橋下氏に対し、記者が批判的な質問をしようものなら、ネット上で多くの橋下ファンから攻撃を受け、炎上することも日常茶飯事だった。

 

■オフレコ取材なし、会見が全て

 

 それでも私にとって橋下氏は、ある意味取材しやすい相手だった。というのも、橋下氏の発言は、いろんな人の影響や知見に基づいていても、基本は本人自身の言葉であって、役所が書いたものや、特定の団体の代弁ではなかった。このため橋下氏の考えは、「会見での発言」が全てで、「裏の取材」いわゆる〝オフレコ〟や〝他者からのリーク〟が少なかったからだ。

 日本では取材の中心は、警察の夜討ち朝駆けに代表される〝オフレコ取材〟で、政治家に対しても会見はあくまで〝表の顔〟で真実は〝オフレコ〟で明らかになることが多い。永田町では、政治家といかに親しくなって飲みに行けるかが、記者の能力だという風潮がある。このため政治部の記者は、自ずとオフレコ取材への影響を気にして、会見で切り込んだ質問をしにくくなってしまう。

 しかし、橋下氏の場合、現職時代ほとんど記者と飲みに行かず、会見が唯一の真剣勝負の場だった。このため、入念に準備して会見に臨まなければ、「勉強不足」と一刀両断されてしまう半面、会見で本音を引き出し、矛盾や不合理さを浮かび上がらせれば、たちまちそれがニュースとなる。もっともテレビでは、橋下氏の言い分ばかりが流れてしまう危険性があるため、記者は常に質問を工夫し、デスクは内容をよく吟味して、放送する必要があったのだが。

 橋下氏の過激な物言いには、批判も強いし、私も橋下氏がよく使う「切磋琢磨」という言葉に象徴される新自由主義的な考え(一くくりにすることに橋下氏は批判的だが)と合わない部分もある。それでも論理的で明快な〝言葉〟は、私の心に刺さったし、どうすれば人に伝わるかという面でも極めて勉強になった。コロナ下で菅首相の「伝わらない会見」が批判を浴びているが、橋下氏の「人に伝わる言葉」は、政治家にとっても、メディアにとっても貴重なものといえるのではないのだろうか。

 (おくだ・のぶゆき 毎日放送報道局長)

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