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シラク元仏大統領の「クローン人間は許さない」声明 (柴田 鉄治)2019年9月

 元フランスの大統領、ジャック・シラク氏(86)が9月26日死去した。就任直後の1995年9月、南太平洋で核実験を再開し、国際的な非難を浴びたこと。03年の米ブッシュ大統領によるイラク戦争に反対を表明したこと。大の親日家で、大相撲に「フランス共和国大統領杯」を寄贈したことなど、話題の多かった人だ。

 

 私の取材余話は、私が定年退職した直後の97年2月のことだ。英国のオブザーバー紙が1面トップでクローン羊が誕生したことを報じた。スコットランドのロスリン研究所のイアン・ウィルムット博士が「おとな」の羊の体細胞からクローン羊を産ませることに成功した、と科学誌『ネイチャー』に発表したのをスクープしたものだ。

 

 当時、『ネイチャー』に発表される科学ニュースは、「発行日を待って報じる」という決まりになっていた(その決まりは今もある)。その決まりを破ってでも報じる価値がある、とオブザーバー紙があえて協定破りをしたのである。

 

このニュースが伝わると、世界中にさまざまな反響が渦巻いたが、なかでも米国のクリントン大統領とフランスのシラク大統領の反応が素早かった。「クローン人間の研究は許さない」というのである。

 

 当時の私は、在社中の『科学報道』についてまとめた著書を朝日新聞社から発行し、それに続く第2の著書、『科学事件』を岩波新書から出そうと、最終段階に差し掛かっていた。その『科学事件』の最終章にぎりぎり間に合って、「クローン羊」の章を突っ込んだのだ。

 

19世紀は化学、20世紀は物理、21世紀は生命科学の時代

 

 というのは、当時、生命科学の発展のスピードは著しく、20世紀から21世紀に入ろうか、という時だというのに、早くも「19世紀は化学の時代、20世紀は物理学の時代、21世紀は生命科学の時代だ」という言葉が生まれていたほどなのだ。

 

ワトソン、クリックが遺伝子DNAの構造が二重らせんであることを突き止めたのが1953年。米スタンフォード大学で遺伝子組み換えの技術が誕生したのが72年。「遺伝子組み換えによって変な生物が生まれたら大変だ」と世界中の科学者が集まって『アシロマ会議』が開かれたのが75年である。

 

 その後、遺伝子組み換えの技術の危険性はそれほどではないという方向に進み、むしろ新しい技術開発への期待の方が大きいとなって、80年代の半ばには、人間の全遺伝子の情報を解明しようというヒト・ゲノム計画がスタートした。

 

 危機感のあとの期待感の広がりで、生命科学への発展がひときわ大きく期待されていたときだけに、クローン羊の誕生とシラク仏大統領の声明の衝撃は大きく、とくに、日本の、大慌ての対応ぶりが目立った。

 

◇日本の医科大学入試に、クローン人間がしばしば登場

 

 クローン羊の誕生からざっと20年。私の著書の中から日本の医系大学の入試にしばしば登場するのが、クローン羊の章だ。『科学事件』の最終章から引用した文章の一部を載せ、「クローン人間はなぜ生まれてはいけないのか、あなたの考えを〇〇字以内で記しなさい」といった出題が多い。

 

 シラク氏死亡のニュースから、そんな取材余話を想い出した。

 

                         (元朝日新聞科学部長 2019年9月記)  

                              

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