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ITとカーストの蜜月いつまで(副団長 朝日新聞 西井泰之)2005年3月

西ベンガル州コルカタ郊外、農村地帯を真二つに割って伸びる幹線の拡張工事が延々と続いていた。赤土をまき上げ、何かに追われるように突き進むバスに揺られながら、この国がどこに向かおうとしているのか、思いをめぐらせた。「グローバル化は不可避」と明言した州首相の言葉が心に残る。

 

高原都市・バンガロールは、「シリコンバレー」さながら。欧米企業と衛星通信でデータをやりとりして注文を受け、開発を進めるIT企業は「世界のソフト開発基地」の趣だ。だが通勤する人たちの足元では、裸足の少年が生活費を得るために捨てられた空のペットボトルを拾う。近代的なビルとスラム、IT技術者と牛を崇拝し路上で祈る人たちが同居する。

合理と非合理が混在するインド社会の象徴がカースト制度だ。細分化された階層ごとに職業や結婚相手が固定している。唯一の例外が新興のITだが、留学などで高等教育や技術習得の機会を得られるのは限られた層であり、一方でIT企業でも、清掃や洗濯は下層のカーストの人たちの仕事だ。

 

グローバル化やIT化の波に乗れない人たちとの格差拡大の問題も、カーストによる職業の固定化が一種の「あきらめ」を生み、雇用を安定させる皮肉な「社会の安定装置」になっていると聞いた。

 

だがいったん走り出した市場経済、人々の豊かさへの希求が抑えられるのかどうか。世界最大の貧困層を抱える国が、世界経済の「次の主役」になる時、伝統社会にどのような軋れきが生まれ、その問題を人々がどう消化していくのか…。

 

答えの出ない行きつ戻りつの中で気がつけば、窓外の地平線に巨大な夕日が沈もうとし、悠久の流れにくるまれる自分がいた。

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