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熊本取材団(2016年10月) の記事一覧に戻る

2度の震度7から半年 課題の多さ実感(日本経済新聞社 佐藤敦)2016年10月

 

日本記者クラブの熊本取材団は10月初め、熊本地震の被災地を3日にわたって巡り、復旧・復興に取り組む方々や被災者の話を聞いた。衝撃の大きさを目の当たりにし、被災者からは苦しみと行き場のない怒りが伝わってきた。崩落した家のがれきの撤去が進まないなど、課題の多さも実感させられた。

 

集合した熊本空港からマイクロバスに乗って約20分。地震の被害が集中した益城町の役場に着いた当初は、地震の痕跡があまり分からなかった。ところが、町職員の案内で歩き始めると、損壊・崩落した家が徐々に目に入るようになり、被災の中心部は、がれきの山脈と化していた。

 

同町文化財の潮井神社の断層では、地盤が数メートルにわたってずれ、ご神木が倒れていた。2300年の歴史を持つといわれる阿蘇神社(阿蘇市)では、日本三大楼門の1つなど重要文化財6棟が全損壊していた。重文は、倒壊した材木の一本一本まで吟味しながら公費を使って復元を模索する。それ以外の施設の復元は、資金繰りのメドがつかないという。

 

仮設住宅では取材団員がそれぞれ、住民や仮設の商店主らの声に耳を傾けた。「集会施設の運営主体がはっきりしない」「住民の意見をもっと拾い上げてほしい」といった嘆きが聞かれた。その北東約20キロの地域。民家が損壊して死傷者が出たほか、国道の橋が崩落して交通が寸断された被害の大きさからか、強い怒りの声を上げる住民もいた。

 

熊本のシンボル、熊本城では、立ち入り禁止になっている天守閣のすぐ脇にまで案内してもらった。建造物のほか、石垣・壁などが大規模に損壊していて、復元が容易ではないのを目の当たりにした。

 

主な被災地を視察しながら、蒲島郁夫熊本県知事(写真)、熊本日日新聞社の編集局長や記者たち、ボランティアらの意見を聞く機会もあり、密度の高い勉強になった。

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