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「世界一危険」な飛行場(中国新聞社 野田華奈子)2015年6月

黒く焼け焦げた樹木が、事故のすさまじさを物語る。沖縄県宜野湾市の沖縄国際大学。2004年8月に米海兵隊ヘリが墜落、炎上したその現場から取材団の行程は始まった。日米の返還合意から19年。「世界一危険」と称されながら、米軍普天間飛行場はいまだ宜野湾市の真ん中にある。嘉数高台公園から基地を望むと、市民の反対の中で12年に配備された垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが見えた。

 

普天間飛行場では、ピーター・リー司令官が飛行場の概要や任務を説明。アジア地域の不測事態へ迅速に対応する必要性を挙げたが、質疑で沖縄に海兵隊が駐留する意味を問われ「政府間で決められた大事なこと」と述べるにとどめた。

 

オスプレイの安全管理を担当するクリストファー・デマース少佐は、米ハワイ州で5月に2人が死亡した着陸失敗事故を「完全に避けられない」とし、詳細な事故原因調査が安全飛行につながると強調した。市街地上空などの飛行をめぐる日米合意に対しても米軍の任務と安全性が優先され、守られない事態があるという。市民生活に影響が及ぼうが及ぶまいが、全ては米軍の運用次第であるという理不尽さを痛感した。

 

沖縄のまちを見渡すと、米軍施設返還後の跡地でめざましい開発が進み、新たな雇用や経済効果を生んでいる。沖縄観光コンベンションビューローの上原良幸会長は「海外の観光客が伸びて過去最高の700万人を達成した」とし、今後の課題はインフラ整備だと指摘した。

 

仲井真弘多前知事の2期目に副知事を務めた高良倉吉・琉球大学名誉教授には、2000年に提言した「沖縄イニシアティブ」を通じ、沖縄が歴史を踏まえてどう独自性を持てるかを解説してもらった。沖縄には日本やアジアの発展を大きく牽引するポテンシャルがまだまだ眠っている。

 

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