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道を究める〝姉妹〟、交流70年(鳴海 成二)2019年1月

 最近、企業や役所の偽装や不正が次々発覚し、まったくでたらめだ! 日本人の真面目さはどこへ? と思わせられる。だが、真面目な日本人はもちろんいる。役者の奈良岡朋子さん(89)と抽象画家の佐野ぬいさん(86)。2人は青森ゆかりの人であり、道を究める生き様に互いに敬意を払う。「自慢の姉」であり「自慢の妹」。しかも交流は既に70年余り、素晴らしいことだ。

 

■リアリティー追求(奈良岡さん)

 

 奈良岡さんは劇団民藝の舞台に立ち続けている。しかし、元来は役者志望ではなかった。たまたま試験を受けたら500人の中から選ばれてしまった。役者になるべくさあ修行開始。あらゆる芝居の本、世界の戯曲集を読破した。強烈な思い出がある。先輩役者として優しかった故宇野重吉さんが演出家に転じた途端に態度を急変。コップから水を飲むだけの仕草に「パス」。ダメ出しが1週間も続いた。何が悪いか言わない。「宇野さんの家の前で首をつろうと思いましたよ」。あまりにも厳しい指導だった。

 父の奈良岡正夫さんは弘前市出身の洋画家で一派を成した人。弘前といえば、強情という意味合いの津軽弁「じょっぱり」の本拠地。負けず嫌いなのだ。奈良岡さんの役者へのさらなる修行が続く。「奈良岡がまたエスケープしたぞ」。劇団が騒ぐが、本人は独りニューヨークやロンドンの舞台勉強に出掛けていた。いま即席の女優やタレントが多いが、いつまでも通用するとすれば困ったものだ。

 「私たちが目指す演劇はリアリティー。お芝居をするのではありません」。舞台では大げさな仕草はしない。「その(役の)人をそこにいさせる」のだという。哲学がある。同じく新劇出身で、役者の後輩の仲代達矢さんは多くの女優と共演したが「奈良岡さんは現代を代表する名優の一人」と本質を見抜く。

 

■修行で本物に到達(佐野さん)

 

 「ぬいブルー」として知られる佐野ぬいさんは女流抽象画家の高みにいる。フォービズムのマチスを終生の親とし、具象から抽象へ。「青は快い、爽やか、明快という肯定的な気分の一方、憂鬱や影、死という否定的な音色を出すこともある」。「青と形の融合はますます不可解」。抽象画はとかく難解だ。

地元弘前市で暮らしていた少女のころ、外国映画を見てパリの下町に住みたいと願った。「絵描きが一番の近道」。画家の道にまっしぐら女子美大(東京)に進学した。

 卒業後、「青の季」「青の歴」など、ぬいブルーを追求した。「女を抽象で描くと、コンポジションが逃げるのです。逃げられては困るので強い赤系のローズバイオレットで縛りました」。色と形とコンポジションも追求。具象ではない絵の中に女性が隠れていることすらあるのだ。美術評論家の酒井忠康さんは「佐野さんの絵は100年たっても残っていそうな予感がする」と最大級の賛辞を贈る。

 女子美進学を勧めたのは、医者か画家になるはずだった奈良岡さんだった。東京生まれだが、戦争で父の郷里の弘前市に疎開、佐野さんと同じ高校に在学することに。佐野さんにとって3歳年上の奈良岡さんは「憧れの存在」であり、自身の進路まで決めた存在だ。

 「肩の力を抜いて、心はひたすら一生懸命に」と奈良岡さん。「年をとって、力を入れなくてもきちんとした絵ができるよう一生懸命に」と佐野さん。懸命に一途に修行した到達点は、力みが取れ本物になるよう。熟度が進む日本。でたらめや即席がはびこるのではなく、多くの分野で真面目さや本物をより評価する文化がいま必要だろう。(なるみ・せいじ 東奥日報社前専務取締役)

 

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