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制度強靱にしたエリートたちの物語(会田 弘継)2018年3月

みなさんとは少し違う角度で、この映画を興味深く観た。

 

ジャーナリズムと権力の関係の二面性である。重要なことだ。映画の隠されたテーマの1つかもしれない。さまざまなシーンから分かるように、主人公のキャサリン・グラハムも、ベン・ブラッドリーも「エスタブリッシュメント」の人たちだ。

 

グラハムはワシントン・ポスト紙の経営の問題だけでなく、元国防長官ロバート・マクナマラとの交友の中で、「ペンタゴン・ペーパーズ」の報道をどうすべきかに悩む。たしか、ちょっとした会話のシーンで、グラハムはブラッドリーがケネディ大統領と近かったことから、大統領の隠された女性問題に甘かったことをなじる。

 

実際、グラハムの回顧録『Personal History』(邦訳『わが人生』)やブラッドリーの同『My Good Life』を読むと、彼らが広い意味での政界エリートの一員であったことがよく分かる。かつて、ブラッドリーの回顧録を読んだ時、「そこまで知っていたのなら、なぜ書かなかったのだ」と本を壁に投げつけたくなったのを思い出す。特にケネディ家には甘すぎた。

 

そうした彼らの「体制派」的一面を、隠し味のようにストーリーのあちこちに埋め込んである。この映画の芸の細かさだ。(スピルバーグの芸なのか、脚本家の才覚なのかは、知らない。)

 

それは、メディアの現実の姿だ。逆に、だからこそ、主流派メディアは政界エリートの懐深くまで入り込んでいる。そのことで、庶民の批判を浴びることも最近は特に多いが、強みでもある。アメリカも日本も、そこは似たところがある。多くの自由主義諸国の主流派メディアの姿だろう。

 

しかし、なのである。しかし、そのエリート社会が制度を裏切っていることに気付いたとき、果敢にそのエリート社会自体に挑みかかるように、エリートの一部に強く義務を課しているのが、アメリカの体制(エスタブリッシュメント)の仕組みなのであろう。そうでなければ、共産主義国家や大政翼賛体制となんら変わらない。

 

この映画は、キャサリン・グラハムという、専業主婦から転じて新聞経営というかたちで、ジャーナリズムの世界に関わりだした人間が、その仕組みの意味を見いだしていく物語だ。

 

この仕組み(制度)と任務の重要性を自覚したとき、アメリカのジャーナリズムはエリートの義務として、政権を潰すことに余計な配慮をしないように思える。この映画のエンディングでウォーターゲート事件の幕開けが示唆される。2つの20世紀アメリカ・ジャーナリズムの金字塔の事件を通じて、ニクソン政権は崩壊した。当時のアメリカは、ベトナム戦争で追い込まれ、国内外で経済も大混乱をきたし「国難」の中にあった、しかし、それを理由に政権に配慮することはなかった。

 

ジャーナリズムには一政権を超えて、もっと重要なアメリカの制度を守り、それをさらに強靱にするという強い覚悟があったからであろう。

 

翻って、日本のジャーナリズムはいま、どうであろうか。

 

(あいだ・ひろつぐ 元共同通信論説委員長、現在、青山学院大学地球社会共生学部教授)

 

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