ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。


記者が観た映画「ペンタゴン・ペーパーズ」 の記事一覧に戻る

物語の主人公はだれか(尾崎 雄)2018年3月

幕がおりてすぐ、「今年いちばんの傑作映画ですね」と、居合わせた会社の先輩と大学時代の友人に声をかけた。ふたりとも米国のメディア界に通じているのでかさねて「この作品の真の主人公は?」と問うと、先輩は「米連邦裁判所の判事」、友人は「合衆国憲法」と答えた。アメリカ合衆国憲法修正第1条こそ映画「ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書」の主役だと。

 

「合衆国議会は、国教を樹立する法律もしくは自由な宗教活動を禁止する法律、または言論もしくは出版の自由または人民が平穏に集会し、不平の解消を求めて政府に請願する権利を奪う法律を制定してはならない」(岩波文庫・高橋和之編[新装]『世界憲法集』より)

 

米国民を欺くベトナム戦争の内実を記した最高機密文書をスクープしたニューヨーク・タイムスと文書の全容を掲載したワシントン・ポストの報道は国益を損なう重大犯罪なのか。報道機関対米国政府の息詰まる対決。サスペンスが頂点に達したとき、連邦最高裁は新聞勝利の判断を下す。「報道機関は統治に仕えるものであり、政権や政治家に仕えるものではない」。それゆえに「報道機関が政府を批判する権利は永久に存続すべきものである」という“聖断”である。この幕切れ。ジャーナリストならずともカタルシスに浸る。そして、ワシントン・ポストはウオーターゲート事件の報道でさらに紙価を高め、クオリティペーパーとしての地位を確立するのである。

 

「報道機関は統治に仕えるものであり、政権や政治家に仕えるものではない」。我が国の新聞がそれに十分値する存在か否かは措くとして、実は、この物語は女性の自立をテーマとした初の本格映画である。主役はワシントン・ポスト紙社主、キャサリン・グラハムだ。メリル・ストリープが葛藤の果てに社運を賭けた重い選択に踏み切る新聞経営者を見事に演じた。

 

監督のスティーブン・スピルバーグは3月6日付け朝日新聞のインタビューで「グラハムが真のリーダーに成長していく物語」だとし、「今や多くの企業で女性経営者が出ているが、その扉を開いたのが彼女だった」と語る。

 

キャサリンは、報道の自由という崇高な使命と会社の存続つまり社員・家族の暮らしのいずれを護るべきか、ギリギリまで苦悩する。見どころはそこだ。女性の自立を描いた映画としては、あの「風と共に去りぬ」以来の傑作ではないか。

 

メディア関係者はもとより、そうでないたくさんの女性たちに見て貰いたい。

 

(おざき・たけし 元日本経済新聞編集委員・元日経ウーマン編集長)

 

ページのTOPへ