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新聞の気概と70年代フェミの心意気(竹信三恵子)2018年3月

活字が溶ける熱気、特ダネの突っ込みに生き生きと走り回る工場の人たち、ベルトコンベヤーに乗って送り出されてくる新聞、これを乗せて街に繰り出すトラック。「ペンタゴン・ペーパーズ」に出てくるこれらの映像に胸がときめき、不覚にも涙腺がゆるんだ。映画の舞台となった1970年代は、私が朝日新聞に入った時代とほぼ重なる。しかも私は、「初の女性整理記者」として、工場で活版時代の最後を見届けた世代だからだ。

 

そんな「新聞が最も新聞らしかった70年代」に、「権力の犯罪」としてのウォーターゲート事件が起きた。私は事件当時はまだ学生だったが、ワシントン・ポストのキャサリン・グラハム社主の決断は周囲でも話題だった。ただそれは、「米国の女の人ってすごい」といった他愛ないものだった。映画「ペンタゴン・ペーパーズ」は、ウォーターゲート事件の前史となった事件を通じて、「すごい」彼女が、そこに至るまで、普通の女性として自立していった足取りを丹念に描き出す。

 

実は彼女は、社主の娘という「お嬢様」育ちで、その後を引き継いだ夫に経営を任せる「主婦」だった。夫の急死で社主を引き受けるものの、経営難と政府からの圧力でもみくちゃになり、政権側にいる友人たちとのきずなと報道の自由のどちらをとるかでも迷い続ける。

 

しかも、ワシントン・ポストは、ニューヨーク・タイムズにいったんは特ダネを抜かれ、その特ダネが国家の安全保障を脅かすとして、裁判所から差し止め命令を食らうという状況にあった。記事の掲載を見送れば自分たちは巻き込まれず、競争相手が没落するだけ、という状況で、あえて抜き返すという決断を、失うものが多いはずのキャサリンがやってのける。

 

この時代は、振り返ってみれば、「主婦」がほとんどだった米国の中流女性たちが自らを問い直し、自分の足で歩こうとし始めた時代でもあった。ほぼ同じころの映画「結婚しない女」(ポール・マザースキー監督、1978年)は、夫に一方的に離婚された画廊勤めの主婦が女性としての精神的自立にいたるまでを描き、フェミニズム映画として話題になった。その幕切れは、ジル・クレイバーグ演じるヒロインが特大のキャンバスを背負い、よろよろしながらも一人で歩いて行くといったシーンだったと思う。

 

キャサリンの姿になんだかこのクレイバーグの背中が重なって見え、当時の新聞は、この時代の、こうした個々の「自立への心意気」に支えられていたのだ、としみじみ感じさせられた。

 

今、日本の新聞界は、親政権とそうでない論調とに二分し、どこかの新聞が政権に抑えつけられると、ほかのマスメディアは高みの見物どころか、ここぞとばかり一緒にたたきに回ることが少なくない。だが映画では、発行停止に直面したニューヨーク・タイムズの記事や同様の不安を振り切って抜き返したワシントン・ポストの記事を、全米各地の新聞が追いかけ、それが政権を追い詰めていく。そうしたたくさんの自立と連帯が報道の自由を支えるということも、この映画は突きつける。

 

30代の弁護士が、ぽつりと漏らした言葉がある。「大学の時はみな互いを横目で見ながら競争し合ってばかりいるような感じで、『連帯』なんて意味がまったくわからなかった。でも、弁護士になって大きな人権訴訟の弁護団の末席に加わり、全国のいろいろな弁護士が手弁当で知恵を寄せてくれるのをまのあたりにして、ああ、連帯ってこういうものなのかも、と思った」

 

マスメディアはもちろん、私たちの今に必要なのは、こうした連帯の回復だ。そしてその基礎になるのは、大きなキャンバスを背負いながら、それでもよろよろと自分の足で歩こうとする一人一人の自立なのかもしれないことを、実感させてくれる映画だ。

 

(たけのぶ・みえこ 和光大学教授・元朝日新聞記者)

 

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