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『あの時代と比べて今は』と言わないでもらいたい(小栗 泉)2018年3月

メリル・ストリープ演じるキャサリン・グラハムが、自信たっぷりなキャリアウーマンでないところがいい。

 

専業主婦だった彼女は、経営者として多くの人を前に行うスピーチでは震え、女友だちからは、実力がないのに経営者に祭り上げられたと、同情の対象でさえあった。 

 

時代背景ももちろんあるだろうが、夫が亡くなり、家業を継がなければいけない状況に追い込まれなければ、彼女はきっと、自ら経営に乗り出すことはなかったはずだ。

 

では何が彼女を、「報道の自由」を守るメディアのトップに成長させたのか。

 

彼女は決して仕事から逃げなかった。そして家族を愛する思いを大切に、自分の頭で考え、結論を出していった。  

 

閉塞感が漂う時代の空気を変えたのは、「スーパーマン」の活躍ではなく、常に「これでいいのか」と悩み、ためらいながらも決断していく、ありふれた日常の積み重ねだったのだ。

 

この映画が公開されたら、「ジャーナリスト必見」とか、「今こそ、政権の圧力に屈しないメディアを」といった声が、多く聞こえてきそうだ。

 

映画の最後のシーンで、窓越しに映った大統領の影が、トランプ大統領にそっくりだったのは、現代に重ね合わせようというスピルバーグ監督の狙いだったのか。

 

でも、メディアの片隅に生きる者としては、簡単に「あの時代に比べて今は」などと、言わないでもらいたい。そんなに簡単に、諦めてもらっては困るのだ。

 

現実は、映画に比べて複雑だ。世論は細分化して、何かを提示すれば必ず反対意見がわき起こる。圧倒的な支持を得たとしても、人々の関心はあっという間に移り去る。 

 

そんななかでも、私たちは日々何を伝えるべきか、自問自答している。政権との距離感には、常に緊張感を持っている。たとえそれが平凡なニュースだとしても、多くの決断を積み重ねているのだ。その先にしか、世の中を変えられないと信じているから。

 

キャサリン・グラハムが一段落したあとに言ったひと言が心に残る。「いつもうまくはいかない。いつも完璧じゃなくても、最高の記事を目指す。それが仕事でしょ?」

 

(おぐり・いずみ 日本テレビ報道局政治部長)

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