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社主と編集主幹 苦悩から生まれた決断と信頼(滝鼻 卓雄)2018年2月

この作品のテーマは、合衆国憲法修正一条によって言論の自由が守られたことではない。もっとジャーナリズムの現実に近いところのある、貴重な人間的関係を解き明かすことを、スピルバーグ監督は狙ったと思う。

 

その人間的関係とは、新聞社のオーナー(社主)と最高編集責任者(編集主幹か編集局長)との立場だ。オーナーと取締役会は新聞社の経営に責任を持っている。経営を誤ると、有能な新聞記者たちは離れて、紙面の品質は落ちる。一方編集主幹や編集局長は高品質な紙面を維持するために、他紙との競争に打ち勝とうと特ダネを求めて疾走する。しばしば政権の圧力に直面する。

 

社主と編集主幹は、国家の最高機密を暴こうとする際には、必ず激突する宿命の中にいる。だが、激突を信頼関係に変化させると、そこからうまれる「報道」は、政権によって隠ぺいされていた真実を明らかにし、国民共通の利益につながる。つまり偉大な力に変わる。

 

1971年という時代を背景にしたストーリーは、ワシントン・ポスト社主のキャサリン・グラハムと編集主幹のベン・ブラッドリーとの人間関係をていねいに描いていく。キャサリンは注目の女性経営者だが、「ペンタゴン・ペーパーズ」の作成を指示したベトナム戦争当時の米国防長官、ロバート・マクナマラの友人でもあった。一方、ベンは歴代大統領に深く食い込み、特にJ.Fケネディとの親密ぶりはかなり知られていた。

 

ベトナム戦争の虚偽を暴露する機密文書を報道するかどうか。二人は自らの友人やニュースソースとの関係をお互いにけん制しながらも、最後はキャサリンの決断に対して、ベンは最高の敬意を表す。高速輪転機の横を歩く二人の背中が、この作品の真の意味を表現している。

 

ところで日本の新聞界はどうか。経営の最高実力者と編集の最高責任者との関係はどうか。キャサリンとベンのように、自らの立場をぶつけ合い、その結果強い絆(信頼関係)が生まれた実例はめったに聞かない。だからといって、政権が不都合な事実を隠し持っていられると高をくくっていると、それは甘い。

 

(たきはな・たくお 元読売新聞東京本社社長)

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