ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。


リレーエッセー「私が会ったあの人」 の記事一覧に戻る

多様性と平和主義を学ばれた 英国留学時代の浩宮さま(八牧 浩行)2017年8月

皇太子徳仁親王・浩宮さまの英オックスフォード大学留学時代(1983~85年)に時事通信ロンドン特派員として、浩宮さまを担当。同大学にたびたび訪ねて取材したほか、英国王室との交流やヨーロッパ王族を訪ねる旅行や登山にも同行した。浩宮さま20代前半、筆者30代半ばの懐かしい日々である。

 

エディンバラ近郊の小高い山、アーサーズシート(アーサーの王座)に登られた際は、登山が得意でない筆者に気遣い、「大丈夫ですか?」と時折歩を止め、見晴らしのいい場所ではポーズまでとってくださった。そして「(御用邸のある)那須を思い出しますね。母から手紙が来ました」と懐かしそうに語りかけられた。

 

ヨーロッパの中心に位置する小さな王国リヒテンシュタインの皇太子に招かれた際もご一緒した。王宮の近くにはスキー場が広がっており、浩宮さまは皇太子らとスキーを楽しまれた。本社から「スキー滑走姿の写真を撮るよう」指示されたが、広いゲレンデで多くのスキーヤーがいる中、疾走されるので捉えることができない。困り果てていると、「おーい!」と大声がかかり、カメラに向かってゆっくりと滑られた。 

 

「イギリス人は親切ですね」と語りかけられたので、「どうして?」と尋ねたら、「店で買い物をした時、あまりお金を使ったことがないので財布からこぼれてしまいました。すると客が拾ってくれました」。留学生活は全てが新鮮のご様子。日本ではちょっとした外出でも、警備やメディアはじめ多くの人たちが同行するが、英国では代表取材の通信社記者も含め総勢5人程度。英国名物パブでは侍従と警察護衛が外で待機するものの、中で楽しそうに地元の人たちと談笑していた。 

 

オックスフォード大学では世界中の王族やセレブが学んでおり、プリンスでも目立たない。普通にいる20代の若者と変わらず、自由と交友を謳歌されていた。ジーパン姿でディスコに入ろうとして断られたこともある。柏原芳恵やブルック・シールズのファンで、彼女たちのシールを寮に貼っていた。 

 

ある時、英国の大学と日本の大学の違いを質問したら、「こちらの大学のゼミのやりとりは面白い。日本では女子学生はあまり発言しませんが、こちらでは元気で論破されてしまいます。いいですねえ」と目を輝かした。

 

実は浩宮さまには憧れていたクラスメートがいた。ノルウェーの聡明な人。ある時、「パーティーの誘いの手紙を出したら、行ってくれると返事があった」とうれしそうだった。聡明で論破してくれる女性のイメージは雅子さまに引き継がれたのではなかろうか。30歳までに結婚したいと明かしたこともあった。理想のお妃像を聞いたところ、「ティファニーであれやこれやと買い物する人では困ります」ときっぱり。

 

浩宮さまは留学中に世界の多くの若者と交流し、協調と平和友好の精神を学ばれた。オーケストラ合奏、テニスやお酒もたしなみ、パブや寮の食堂で学友と談笑することも多かった。世界各地を旅行し、多くの民族との交流を通じて多様性を尊重すべきであることも認識されたように思う。とても思慮深く、博識で、日本や世界のことに深い思いをめぐらせていた。現地記者や外交官らと「将来の天皇としてふさわしい」と話し合ったことを思い出す。

 

(やまき・ひろゆき レコードチャイナ社長、元時事通信常務編集局長)

 

ページのTOPへ