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災害ラジオへの挑戦 予定繰り上げて開局(みやこコミュニティ放送研究会 橋本久夫)2011年5月

「ラジオの災害放送ができるぞ」

 

「よし、今すぐやろう!」

 

あの震災から1週間後の3月18日。私たちの災害ラジオの挑戦が始まった。「みやこコミュニティ放送研究会」は、2011年8月に行われる北東北インターハイで宮古開催のヨット競技とレスリング競技を盛り上げるため、期間限定のコミュニティFM開局準備を進めていた。

 

そんな時に起きた東日本大震災。インフラや通信網が全てシャットダウンし、被災した人々は情報からも閉ざされた。

 

そこで動き出したのが災害ラジオだった。福島県にある放送のコンサルタント会社に、災害FM局の申請手続きと放送機材を依頼。開局許可は1日でおりた。

 

翌19日夕方に、機材を運んでくれたコンサル社員と共に、事務所屋上にアンテナを設置。風の強い寒い日で、火災を知らせるサイレンが夕闇に響いていた。

 

20、21日と電波調査をかねて試験放送を開始。研究会メンバーが市内東西南北に車を走らせ、可聴範囲の確認を行った。放送時間は午前9時半から午後1時、午後2時から4時と決め、22日から放送を開始した。

 

しかし準備をしていたとは言え、放送体制は整ってはいない。研究会の専属職員がインターネットラジオでの情報番組を制作しているだけだった。ましてや災害放送はどのようにしたらいいかは、誰もが分からず走りながら考えるしかなかった。市民に有益な情報をまず伝えていこうと安否確認、行政、インフラ、商店街情報を発信。

 

併せてボランティアスタッフを呼びかけたら、多くの市民やフリーアナウンサーなどが駆け付けてくれた。多く情報が集まりはじめ、ボランティアスタッフがまちに出掛け商店情報などを集めて放送する毎日が続いた。

 

こうしてラジオは動き出した。この放送が一人でも多くの被災者のために、そして復旧、復興を願う市民のためにと、小さなラジオは今、確実に市民の希望の灯となっている。

 

(はしもと・ひさお みやこコミュニティ放送研究会顧問)

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