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記録重視の紙面作り 犠牲現場を検証(河北新報社 武田真一)2011年9月

災害報道は記録に尽きる。どこで何が起きたか。生死の分かれ目は何だったか。記録は教訓となり、後世の防災、減災につながるからだ。河北新報の紙面作りは一貫して記録重視で進む。発生2カ月の節目を期して社会面で始めた連載「ドキュメント大震災」はその核になった。

 

震災直後から断片的に伝えてきた出来事を整理し、現場を再度訪ねて証言を集め、掘り下げる。「その時 何が」と題した最初のシリーズは6月初めまで22回続いた。

 

津波襲来後に火災が発生し、街が焼き尽くされた気仙沼市鹿折地区のルポでは、3キロ先の岸壁にあった石油タンクは地区に漂着したこと、そのタンクは空だったこと、火の手は海と陸両方から上がったことなどを記録した。「水をかぶった地で火災が起きるなんて…」と住民。津波被害の多様さがあらわになった。

 

「屋上のSOS」は、発生2日後の紙面に掲載した石巻市の学校屋上のSOS写真を取り上げた。600人が孤立し、ヘリに救助を求めるためB4のコピー用紙を並べて作ったのがSOSの文字だった。食糧も医療救助も届かない中で1週間、児童や教員がスティック砂糖をなめて飢えをしのいだ様子も記録した。

 

「ドキュメント大震災」は、避難に焦点を絞った「逃げる その時」などのシリーズを重ね、8月末時点で掲載は60回近くになった。並行して「証言 3.11大震災」という特集記事も1面から社会面に展開する形式で20回近く随時掲載した。多数の犠牲が出た学校や施設など象徴的な現場の徹底検証を続けている。

 

未曽有の災害となった大震災は伝えなければならない現場がまだまだある。それらを継続的に地道に追い続けることが最大被災地を発行地域に持つ新聞社の責務と考える。

 

もちろん記録の対象は震災直後の出来事にとどまらない。生き残った被災者がどんな苦難を強いられ、何に希望を託して暮らしているか。半年を機に被災地の現状を見つめ、記録し、復興の道を展望する紙面展開に力を入れることにしている。

 

(たけだ・しんいち 1981年入社/2009年から報道部長)

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