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東京電力福島第一原発取材団(2017年2月) の記事一覧に戻る

復興容易でないと実感 風評被害懸念の声も(国吉 聡志)2017年2月

福島第一原発付近の周辺の町村には住民の一部が戻り、農作業が再開するなど、復興に向けた取り組みが進んでいた。今後も国は放射線量の状況などを見ながら、避難指示の解除に踏み切るとみられる。だが現場の町村長からは、避難先で生活基盤を築いた住民を中心に帰還率が伸びない現状が指摘された。事故後6年が経過しても続く風評被害を懸念する声も上がり、原発事故で失われた住民の営みや町の風景が容易に元通りにならないことを感じた。

 

第一原発がある大熊町、双葉町に隣接する浪江町では、今も全町民約2万1千人が避難する。4月には、「帰還困難区域」を除いて避難指示が解除される予定だ。しかし馬場有町長は、昨年9月に実施したアンケートで回答を得た約半数の町民のうち、約53%が「戻らない」と回答している現実を説明した。

 

「町民は避難先で仕事を見つけ、生活の基盤を築いている」と馬場町長。「子どもの教育や就労を考えたら、『戻らない』のも選択の1つだ」とおもんぱかる。避難指示解除が直ちに住民の帰還につながらないことは、帰還に合わせて町内に商業施設を整備する富岡町の菅野利行産業振興課長の言葉にも表れていた。「学校や老人ホームなど社会インフラの再開が見通せず、すぐに大規模な帰還は望めない」との指摘は、復興に向けた道のりが容易でないことを物語っていた。

 

浪江町の基幹産業だった稲作は2014年の実証栽培を経て、15年から生産・販売が再開されている。だが、馬場町長は農家から「作っても売れない」「市場で3分の1以下に競り落とされる」と悲痛な声が聞こえてくることを明らかにした。

 

「検査で放射線量は基準値を下回っている。惑わされず、冷静に判断して」との訴えにかかわらず、こうした「風評被害」がなくならないのはなぜだろうか。原発事故直後の避難指示を巡る混乱から、国や行政の発表する数字の信ぴょう性をいぶかしむ国民の意識が容易に変わらないのが原因なのかと考え込んだ。

 

川内村の遠藤雄幸村長の話からは、若年層の帰村率が進まないことから、高齢化が進んでいることが報告された。「自治体として存続できるのか、悩む時がいずれ来る」と明かすように、事故の被害は根深く、現場の市町村では新たな問題が生まれていることを感じた。

 

(沖縄タイムス社社会部)

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