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デフレ脱却へ”狭い道”――これからは経済記者の出番だ(杉田 亮毅)2015年1月

衆院解散については、自分の政権の長期化を図るため、伝家の宝刀を抜いて総選挙を断行するということで理解できる。筆者は、昨年夏すぎから早期解散を予想していた。しかし、消費税の2%引き上げの1年半延期の決定をみて、背筋に冷たいものが走るのを禁じ得なかった。

 

経済学には「個別最適、全体誤謬」という言葉がある。景気という点では正解でも、世界一の国家債務を抱えていることを含めて考えるとどうか。せめて、もう少し景気回復が見込める今年の連休明けまで、決定を延ばす――で、しのいでもらいたかった。

 

1つの決定は、次の変化を呼び、また次の変化を引き起こすのは、経済も同じ。早速、米国の格付け会社ムーディーズが、日本の国債の格付けを一格引き下げる決定を発表した。すぐには、それに伴うリアクションは生じてはいないが、中期的な視点では無気味だ。

 

これからは、経済記者の冷静、緻密な勉強と分析、報道がとても重要になる。親安倍、反安倍ではなく、安倍首相もうなずくような分析が必要だ。

 

◆バブルをめぐる2つの大失敗

 

筆者も含め、日本の経済記者は、この20年間で、2つの大失敗をしている。これはメディアだけではなく、エコノミストの大半にも当てはまることだが・・・。

 

それは、第1に1980年代に累積したバブル現象を見抜けなかったこと。

 

第2に、それを退治しようとする、当時の三重野康日銀総裁をはじめとする金融当局の急激な引き締め政策を緩和できず、その後の長期デフレを許してしまったことだ。

 

第1のバブルを見逃した最大の原因は、85年の「プラザ合意」に基づく急激な円高を受け入れ、影響緩和のため、財政、金融をジャブジャブに緩めるのを容認してしまったこと。その結果、70年比で、安倍政権発足直前までの40年間に、円レートは4.5倍の上昇。その間、ドイツは全くの横ばい、韓国ウォンは10%の低下。過度の円高放置は、製造業を中心に、国内の産業空洞化を加速し、長期デフレの要因になった。

 

◆日本の為替政策は反面教師?

 

数年前、筆者は中国の政治協商会議の講演に招かれ、経済の専門家たちと経済政策について議論したことがあった。その中で、「中国元の穏やかな切り上げ」を勧める筆者に、次のように反論してきた。

 

「われわれは、日本の為替政策を反面教師にしている。あれだけ強かった日本の産業の競争力が急速に失われたのは、プラザ合意をあまりにも簡単に受け入れたからではないか。われわれは、日本の失敗を繰り返さないことを肝に銘じている」

 

中国の専門家たちの批判が全面的に当たっているとは思わない。日本の貿易不均衡を背景に、プラザ合意の必然性は、ある程度認めざるを得ない。

 

しかし、同時に、円高を国内の構造調整に使おうという為替政策に過度の負担を負わせたこと。また、円高対策、中小企業対策のシュプレヒコールに押され、財政、金融両面から、その後のバブル累積の素地をつくってしまったこと。「死んだ子の年を数える」類いだが、このことは、いま思い出すと、砂を噛む思いがする。

 

日銀による性急なバブル抑制は、”平成の鬼平”ともてはやされ、金利の連続上げにも、多くのメディアは拍手を送ってしまった。50年余に及ぶ経済記者OBの実感としては、世の中でもてはやされる経済政策は、多くの場合、のちのち、ろくな結果をもたらさない。

 

◆財政再建と構造改革 「ナローパス」を渡れるか

 

いま直面しているのは、こうした大失敗の状況とは、全く逆の局面だ。安倍首相が言うように、デフレ脱却はいまだ道半ばで、その継続が必要なことは事実。

 

しかし、同時に、少し先の話にはなるが、物価上昇から金利の上昇に火がつけば、そのコントロールが難問。いま0.5~0.6パーセントの国債金利が2~3%になると、1千兆円余の国債の利払いが急増して、財政、金融は、制御不能に陥る。

 

日銀はさらに、能力いっぱい国債を買って金利上昇を抑えようとするだろうが、限界を超すと海外からの信認低下を招き、”悪い円安”になる。”悪い円安”が始まると、これを止めるのが難しくなる。ハイパーインフレへの道だ。

 

経済記者にとって、特に重要なのが、国債金利(相場)と、円レートだろう。デフレ脱却への道は、千尋の谷を、1メートル幅のつり橋で渡るのに似ている。右には、ハイパーインフレの谷があり、左には、財政崩壊からくる強烈なデフレの谷。日本経済は、そのどちらにもなり得るのだ。

 

この「ナローパス」を無事渡り切るには、政治家、国民、そして国民の1人としてメディアも、覚悟がいる。消費税を延期した1年半およびその後も、不測の事態を招かないようにするには、歳出歳入両面での財政再建への強力な取り組みと、経済の構造改革による成長率の引き上げが必要だ。これを避けては、千尋の谷の向こう岸にたどり着くことはできない。そして、1年間に1兆円ずつ増える年金はじめ、社会保障費の合理化も例外にはできない。

 

◆第3の矢の具体化を 試される安倍新政権の覚悟

 

そして、ほとんどゼロに近づいている、日本の潜在成長力を2~3%にカサ上げするには、議論だけで頓挫状態になっている、アベノミクス第3の矢のメニューをもう一度マナ板に乗せ、実現していくことが肝要。

 

構造改革の1丁目1番地は、宙ぶらりんのTPP(環太平洋経済連携協定)交渉をまとめ上げること。完璧な内容でなくても、この包括交渉の合意が、日本の経済界に新たな活力を与え、国内の改革にも促進材料になる。

 

第3の矢としては、女性の活躍推進、労働改革、農業の競争力強化、法人課税の引き下げ―と、料理のメニューは出揃っている。

 

また、日経センター、大和総研、みずほ総研の3大シンクタンクが提唱している「東京に国際金融センターを」をいう構想も、日本経済の活性化、成長力カサ上げにつながる。日本の1500兆円の金融資産と、世界から集める資本をもとに、アジアの経済開発に資金を流す役割を果たせれば、東京オリンピック後の日本の底力を引き上げることになる。

 

これをどういう順番で具体的に政策化できるか、総選挙後の政権の能力が試される。デフレ脱却は、金融政策と増税だけでは実現できない。

 

安倍首相は、総選挙で、圧倒的な与党議席を確保し、強力な政権基盤を築いた。デフレ脱却のための構造改革を思い切って実行できるはず。しかし、同時に、総選挙で、既存抵抗勢力と結びつきの強い議員が数多く当選してきていれば、足を引っ張ってしまう。

 

日本が財政崩壊とハイパーインフレを回避しながら、デフレ脱却できるか、世界中が注視しているといってよい。これからは、経済記者の出番なのではないか。

 

すぎた・りょうき▼1937年根が先県出身 1961年日本経済新聞入社 ワシントン特派員 東京本社経済部長 編集局長などを経て 2003年代表取締役社長 08年代表取締役会長 12年から参与 同年から日本経済研究センター代表理事・会長 1999年から2003年まで日本記者クラブ理事長を務めた

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