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「憎しみは人の智慧と良知を腐蝕させる」日中の道を開く劉暁波氏のことば(中馬 清福)2013年1月

東京に出てきたものの大学には進まず、風変わりな学び舎に席を置いた。中華人民共和国の成立から5年たち、新しい文学作品が日本に紹介され始めたころである。魯迅に夢中で、上野の図書館にこもり「日本における魯迅文献目録」をつくった。

 

青春は無謀なことをする。20ページ、手書きガリ版刷りの粗末なその目録を、見も知らぬ大勢の中国専門家にお送りしたのだ。内山完造さんや実藤恵秀さんなど多くの方から激励の礼状が届いた。

 

一通だけ「不十分な個所がある。きちんと勉強なさい」という趣旨の葉書があった。魯迅研究の竹内好さんからだった。無知を見抜かれた思いで、半年後、好さんが教授を務める東京都立大学に入学した。中国とのつきあいが始まった。

 

 

農民文学の第一人者として解放後も評価の高かった趙樹理は、1950年に小説『結婚登記』を書いた。――新時代というのに若い二人は結婚できない。親が反対し、腹に一物ある村役場の「民事主任」や、上部機関である区役場の「助理員」は役人根性丸出しで登記を妨害する。それでも二人はめげない。最後は党が乗り出し事態は一転、民事主任、助理員はお灸をすえられる・・・・・・

 

他愛ない革命賛歌といえばそれまでだ。ただ、この時期、中国では善が悪を懲らしめることができた。土地争いで農民が国家の方針を批判することもできた。党も粘り強く説得しようとした。趙の作品からはそんなことが読み取れ、明るい中国がイメージできた。

 

だが中国は暗転する。表現の自由は失われ、文学はその力を党に奪われ、読みたい作品は姿を消す。59年、あれほどもてはやされた趙樹理も「右傾」のレッテルを貼られ、文化大革命期の70年、紅衛兵の激しいつるしあげで亡くなった。農民の地位向上を熱望した彼の思いは今も叶えられていない。

 

 

昭和10年生まれの私の中国観は複雑だ。中国で兵役にあった次兄の体験談や「八路軍」に関する実見談によって、また長じて学んだ日中関係や米中関係の諸文献によって、中国や韓国、シンガポールなどアジア諸国への贖罪意識は消えない。消そうとも思わない。アジアの人のためなら何かするのは当然だし、少しぐらいの無理は聞いてあげたいとさえ思っている。

 

その胸中を揺さぶるものがある。党による中国人民への人権侵害のひどさだ。さかのぼれば文革と天安門事件(「六四」)にたどり着く。とくに「六四」は、党が文革を誠実かつ真剣に反省しておれば、あれほど深刻な事態にならなかったはずである。欧米型民主主義が絶対とは思っていないし、世界にはさまざまな民主主義があることも承知している。ただし、人権無視の民主主義はありえない。「六四」は、洋の東西を問わず近代国家が許してはならない惨劇だった。

 

私は「六四」がもたらしたもう一つの恐怖、中国人の意識の変化について考えている。中国では、肉体の破壊と同じくらい恐ろしい思考の破壊が進行中である。

 

導いてくれたのは劉暁波氏だ。中国民主化のために闘い続け、権力に徹底的に痛めつけられている男。2010年、せっかくノーベル平和賞受賞の栄誉に輝きながら、権力によって出席を妨害された男。その劉氏がこう書いている。

 

(体制内において恵まれた中青年の行動は)公的な場では原稿どおりにモノを言い、いかなる出世の機会をも逃すまいとする。しかし私的な食卓では、完全に別の言葉を話す。たとえば「私は政府の側にいてあなたは在野にいて、しかし、実際には心の中は同じであり、ただやり方が違うだけだ。あなたは外で叫び、私は内部から崩して行く」云々と。

 

ポスト「六四」の世代は・・・・・・制度による圧迫や警察国家の体験もない。ただ「すべて金次第」、「権があって銭あり」という切実な体験があり、「手段を選ばない」ということが身にしみている。・・・・・・彼らは歴史の苦難や現実の暗黒を語ることに苛立ちを露わにし、反右派、大躍進、文革、六四を語ることも、また政府を批判し、あるいは社会の暗黒面を暴露することも、すべて無意味だと思っている。

 

 

劉氏は愛する中国に広がる無限の荒野を見た。先人が「寂寞」と名づけた絶望を味わった。だが彼はくじけず、間違ったナショナリズムに向かって次のように書く。

 

大陸民間のナショナリストの狂騒は政府を上回っており、若者世代が持つ最大の社会的感情もナショナリズムになっている。特に反米、反日、反台湾独立は、大陸の若者世代が国に示す関心の主要な領域であり、民族の怨恨のはけ口となっている・・・・・・すべて若い愛国者の大衆的な憤激が引き起こされ、それが針小棒大になる。ネットジャーナリストの言葉は、ますます暴力化、ヤクザ化し、「やっちまえ」的な狂った呪詛となり、国のために身を投げ出すなどという大言壮語で表現される。

 

引用はいずれも丸山哲史氏訳の「ポスト全体主義時代の精神風景」(『最後の審判を生き延びて 劉暁波文集』=岩波書店)に拠るが、執筆は2004年である。その時点で劉氏は尖閣諸島に端を発する衝突を予告しているかのようだ。

 

尖閣諸島をめぐる日中衝突は長期化し、日中関係も悪化するだろう。中国ナショナリズムはかなりの間、高揚し続けるだろうからだ。資源欲しさ、権力の内部抗争、軍事的覇権の表れなどの見方を否定はせぬが、それだけで納得できぬ雰囲気がある。危険なのはナショナリズムの高揚だけではない。それを抑制する力が党にも最高権力者にも失われていることである。

 

党はもはや、例えば人びとを反日へ「誘導」することは難しいだろう。他方、間違ったナショナリズムへ走るのを止めるのも容易でない。人びとは、ある意味で賢くなり、党の正体を見たのだ。建国以来の正しい歴史を教えなかったこと、憲法でうたう法治主義を徹底させなかったことが災いした。

 

党独裁を維持したければ民を味方につけねばならぬ。それには表現の自由など人権擁護を約束しなければならぬ。だが党は、約束すれば国家は瓦解すると信じている。果たしてそうか。約束しないほうが瓦解への道ではないのか。

 

劉暁波氏は迫害を受けながらも、中国の改革開放が国家の発展と社会の変化をもたらしたことを認めている。これは大いなる救いの言葉だ。劉氏は言う。「憎しみは人の智慧と良知を腐蝕させ、仇敵意識は民族の精神を堕落させ、社会の寛容さや人間性を破壊して、国家が自由と民主に向かうプロセスを阻害する」

 

これは尖閣諸島の場合にも言えることだ。劉氏のような考えを持つ人が日中両国で増えれば解決の道は開けよう。そこへ向けて日本のメディアは何をなすべきか。答えは明らかだろう。

 

いつの世にも好戦的な輩はいる。だが、世界的な存在になった中国での爆発や瓦解は、直ちに世界の大異変に結びつく。尖閣諸島の領有権をめぐって、日中が武力を交えることは愚かなことだ。互いに憎しみと仇敵意識を捨てる。軍事衝突が許されぬ以上、遠回りのようだが、これしか方法はないようである。

 

ちゅうま・きよふく▼1935年生まれ 鹿児島市出身 東京都立大学人文学部卒 60年朝日新聞社入社 秋田 横浜支局員 政治部次長 編集委員 論説委員 論説副主幹 論説主幹 大阪本社代表 編集担当などを経て退社 2004年中国清華大学新聞与伝播学院客員教授 05年信濃毎日新聞社主筆

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