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トランプタワーでインタビューした「未来の米国大統領」(川端 久雄)2016年12月

「名画をやっと手に入れた満足感があります」

 

ニューヨークの不動産王ドナルド・トランプ氏は指をさした。トランプタワー26階にある社長室。窓越しに古城のようなプラザホテルが浮かぶ。ドル高修正を決めたプラザ合意の舞台にもなった。「名画」とは、このプラザホテルのことだ。

 

バブル景気最盛期の1980年代後半、日本マネーは米国で企業買収(M&A)や不動産投資に乱舞していた。プラザホテルも日本の建設会社などに買収されていた。トランプ氏はプラザホテルを、そこから買い戻したのだ。「毎日、見続けているうちに限りなく愛着が湧いてきてね」

 

その直後の88年4月、私はトランプ氏にインタビューし、朝日新聞の連載記事「ニューヨークよ」の1回目に掲載した(88年4月12日朝刊1面)。トランプ氏に会うまでの苦労は大変だった。ニューヨークへ来てから、彼が買い戻したという話を聞き込み、取材依頼の手紙を出し続けた。やっと承諾が得られ、会えたのは1カ月にわたる取材を終えて、帰国の当日。午前中にインタビューし、空港に駆け込んだ。「名画」の言葉を引き出したときは、ぎりぎりまで粘った甲斐があったと喜びが込み上げてきた。彼も自分の愛国的行動を日本に伝えたかったのだろう。

 

当時から、大統領選をめざしているといわれていた。その点を質すと、「政治家になる気持ちは全くない」とかわした。

 

それから30年近くたち、トランプ氏のことも忘れかけたころ、共和党の大統領候補の指名争いで名前を聞くようになった。苦境の時代があり、ホテルは手放していた。「後にも先にもトランプ氏に取材した朝日の記者は、あなたしかいないようだ」と私も後輩記者から取材を受けるようになった。いずれ泡沫候補として消えていくだろうと思っていたら大統領候補になった。劣勢が伝えられる中、大逆転劇が起きた。

 

そのお陰で、私も栄えある本欄に書くことになった。昔の業績でノーベル賞を頂いた心境です(笑い)。

 

ただ、トランプ氏に会っていたことが何の誇りになるのかとの思いが強い。不動産王の正体が暴言王、猥褻王だとわかるに及び、会っていたこと自体、恥ずかしくなった。人を差別し、社会を分断し、大衆を煽動しての当選。華麗なトランプ王朝一族を従えての勝利宣言。アカデミー賞の授賞式と見間違えた。

 

大統領になったら豹変するという見方もあり、既に片鱗がうかがえる。現実路線として評価する声もあるが、共感できない。世界が悪くなる予感もする。もし、これがトランプ氏でなく、社会の公正さを訴えるバーニー・サンダース氏だったら、どんなに誇りをもって書いたことか。

 

新聞記者は人と会うのが仕事。社会部が長かったので、悪いことをする人たちや裏方として社会を支える人たちが多かった。政治家や経済人に会うこともあったが、その場合は不正を追及する場面だった。

 

元ニューヨーク特派員だった木村卓而さんが、当時の東京とニューヨークの状況を報告する取材班を結成し、そんな私をチームに加えてくれた。そこで出会った人物がたまたまトランプ氏だった。彼に会ったことを素直に喜べないので、タイトルから意識的にトランプ氏の名前は外した。「未来の米国大統領」に会っていたなら、新聞記者として少しは自慢しても許されるだろう。

 

個人的には共に1946年生まれ。こちらは縁あってM&Aの記事を今も書いている。そろそろ人生の終活をしようと思うころ、相手は長期の大統領選を勝ち抜いていく。そのバイタリティーには敬服する。

 

かくなるうえは、勝利宣言の最後で述べた「皆さんが誇れる大統領」になることを祈りたい。

 

(かわばた・ひさお 元朝日新聞論説委員)

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