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資本主義を考え抜いた経営者 クロネコヤマトの小倉昌男さん(永野 健二)2015年12月

私が初めて小倉昌男さんとお会いしたのは、1995年の初めのことだった。私が編集長をしていた雑誌「日経ビジネス」が、雑誌の配送を郵便局の配達から、宅急便に切り替えるという大胆な試みを実行することになった時に、ごあいさつする機会に恵まれた。

 

この試みは、その後、阪神大震災による交通網の混乱など、さまざまなアクシデントにも見舞われ頓挫するのだが、私にとっては、情報と流通と消費者へのサービスが一体となって、場の流れを形成するメディア社会の変質を考える上で、大変勉強になった。

 

クロネコヤマトは、その後も、「個人のサービスに資することが公益ではないか」という揺るぎない哲学でサービスを広げ、人間と人間を、物とサービスを媒介としてつなぐ仕事を提供してきた。

 

私は、クロネコヤマトの業態と小倉昌男の哲学は、われわれマスメディアと言われる仕事を超えて、新しい時代のメディアの機能そのものだと強く感じたことを思い出す。

 

99年10月初版の『小倉昌男 経営学』のなかで、彼はこの本を「生涯に最初にして最後、一回限りの著作である」と宣言している。『経営学』の内容は、現在もまったく陳腐化していないし、小倉経営学の全てが詰まっている。

 

最大のポイントは、「個人顧客の集配効率は極めて悪い」という運送業の常識に反して、「全国規模の集配ネットワークを築けば、個人の集配サービスはビジネスになる」という小倉さんの仮説だった。

 

インターネット時代には、もはや常識となっているPtoPのネットワークの合理性の世界を、それより20年以上前の70年代の前半に突き詰め、行動に移したのである。

 

そして、ネットワークの合理性を実現する上での最大の抵抗勢力は官僚と銀行だ、と喝破した。小倉さんの官僚、銀行嫌いは生涯変わらなかった。

 

出版の関係者が驚いたのは、彼が『経営学』の一字一句、全て自分で書き、それがほとんど、デスクが筆を入れる必要がないほど完成度が高かったことである。そして、経営書としては異例の大ベストセラーとなったのである。本当に一流の経営者は、一流のライターでもあるんだなあ、というのが、当時の私たちの一致した意見だった。しかし、そんな人は小倉さん以外は見当たらないな、というのが結論だった。

 

小倉さんが晩年、身障者の福祉事業に熱意を示したことから、彼を反資本主義的な、あるいは資本主義とは異次元のリーダーと考えたがる向きもある。しかし、それは間違いである。小倉さんは最後まで資本主義を考え抜いた経営者だった。

 

「資本主義においては在庫がポイントだね」。晩年の小倉さんが、私たちに投げかけたテーマである。在庫は企業にとって最大のリスクである。しかし、在庫が少なくなり過ぎることは社会にとって、あるいは消費者にとって、もっと大きなリスクかもしれない。

 

ビル・ゲイツやインターネット主義者の一部が能天気に理想化していた、インターネット社会が実現する、摩擦なき資本主義の矛盾に小倉さんは早くから気がついていた。

 

アマゾンやグーグルが拡大する、インターネット社会における独占の問題の先取りでもあった。

 

私財の大半を福祉事業に寄付しながら、私たちの支払う講演料は気持ちよく受け取った。「柳橋で遊ぶ資金は、自分で稼がなければね」。奥の深い交友関係を持った人だった。

 

小倉昌男が考え続けたのは、資本主義は公益に資することができるのかという問題だった。それは、アルフレッド・マーシャルが提起した、経済的騎士道はあり得るのかという、古くて新しいテーマでもある。

 

2005年没。稀代の名経営者にして、本当に、形のよい人生を送った人であった。

 

(ながの・けんじ 日本経済新聞顧問・前BSジャパン社長)

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