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情報戦 うら・おもて(パート2) 果てしない諜報活動 激化するサイバー攻防戦(村上 吉男)2013年12月

◆◇中国IT企業への警戒◇◆


米国のバイデン副大統領が2013年12月初めに日中韓3カ国を訪問した際、重要案件の一つは、韓国が導入を検討している次世代のIT通信網の構築に、中国の企業を採用しないよう韓国政府を説得することだった。中国企業が構築すると、その通信網を流れるテレコム情報やウェブ情報が中国側に筒抜けになり、とりわけ米韓両国の機密情報が中国の手中に落ちると米政府が懸念しているからだ。


韓国の次世代通信網に応札しようとしているのは、中国のファーウェイ・テクノロジーズ(華為技術社)といわれる。レノボ・グループ(聯想集団)と並んで、中国の2大IT大手の1社で、世界最先端のIT通信技術を誇る。NTTドコモのスマホの一つはファーウェイ社製といわれる。この両社は米国の市場にも進出しており、米議会の上院情報委員会や外交委員会が懸念を表明。すでに、米政府機関では安全保障の観点から、中国のこの2社からの納入は控えるべきだとの声が高まっている。


なぜ中国企業が構築すると、情報が中国に筒抜けになるのだろうか。米側によると、IT通信網を構築する際に、注文主にはまったく分からない“裏口”を密かに設け、そこから巧みに通信網に入り込んで、あらゆる情報を相手に気づかれないで、自由に盗み出すことができるからだという。


だとすると、語るに落ちた、とはまさにこういうことを言うのではないか。米国自身、これまで諸外国で数多く請け負い、構築してきた電信・電話線や通信網に“裏口”を仕込んできたから言えることではないのか。他国にそれをされたくないからではないか。


◆◇盗聴、国境越し専用線…米国のひとり勝ち?◇◆


確か1970年代の後半、ワシントン特派員をしていた頃、南米のチリで米国が建設した電話線が盗聴されているようだと現地で大きな問題になったことがあった。当時はまだIT時代以前で、おそらく電話線や交換器に秘密ラインを接続するなどの方法だったのかもしれない。同じ頃、インドでも米国が請け負った電話・通信回線が米国に盗聴されているようだとの情報がワシントンで流れたことがあった。


あの時代、米国のITT社(米国際電話電信会社)の技術と経営力は圧倒的だった。ワシントンに異動になる前、バンコク特派員をしていた70年代初め、米軍関係者が東南アジアで自由に、しかも即時に近隣諸国と電話で連絡していることに驚いたことは今でも忘れられない。タイでは通称、スペシャル・ライン、南ベトナム(当時)ではタイガー・ライン、そしてラオスではユスエイド(米国際開発局)ラインと呼ばれ、国境越しに即時通話が可能な米軍専用線だった。現地諸国の電話線からの盗聴など、いとも簡単だったに違いない。


80年代には、「取材余話(パート1)」で書いたように、同盟国・日本の外交通信が、青森県の米軍三沢基地で傍受されていた。基地の隅の一角を立ち入り禁止とし、部外者がいっさい近づけないようにして、9人の専従米兵がローテーションを組み、霞ヶ関の外務省と海外の日本大使館を結ぶ通信電波を昼夜、盗聴していたのだ。


通信傍受だけではない。米国はとにかく、情報収集に大変熱心である。日本国内で、たとえ地方にある中小企業であろうと、もし米国にとって有益な新技術や技術開発などがあれば、赴いて直接話を聞いたり、調べたりする。たとえば、船舶の推進器であるスクリュー。西日本に中規模の小型スクリュー・メーカーがあるが、一時は毎年のように、米大使館員が訪れ、新型スクリューの形や羽根のデザインについて現物を見たり、技術者から話を聞いたりしていた。同社の社長は当時、米国は、原子力潜水艦の推進音を最小限にするために努力を重ねているようで、どのようなスクリューの羽根の形や厚みがスクリュー音の低減につながるかをとことん追求しているようだったと感心していた。


◆◇IT時代 情報収集も加速◇◆


90年代に入ってからは、急速にIT時代に突入する。情報収集も一気に加速し、多様化する。他国のコンピューター・システムに、ハッカーとしていとも簡単に侵入し、情報を盗み出す。中でも中国は、米国に追いつき、追い越せとばかり、あらゆる分野で外国の企業や政府機関のコンピューターに侵入している。最近、米カリフォルニア州に本部を置くファイア・アイという情報セキュリティ会社が明らかにしたところによると、この3年間近く、ハンガリー、ブルガリア、ポルトガルなど欧州5カ国の外務省のコンピューターに侵入し、中国関係の資料や文書を盗み出しているという。それ以前には、英、独、仏、カナダ、オーストラリアなどの外務省が中国政府関連とみられるハッカーに侵入されていたと同社は明らかにしている。


中国の上海に本部を置く人民解放軍「61398部隊」が2006年以来、主として米国の企業や公共サービスの基地、民間航空管制システムなどにハッカー侵入していることは、すでに米側が発表。2013年2月、オバマ大統領は施政方針演説の中で中国を名指しで厳しく追及した。米国としては、民間航空網、送電網、上水道システムなどがサイバー攻撃を受けた場合の、とてつもない被害について真剣に防御システムの対策に取り組むと同時に、サイバー反撃の方法も次第に実戦向きに練り上げられているといわれる。


◆◇スノーデン事件の衝撃◇◆


こうした状況の中で世界を驚愕させたのが、米中央情報局(CIA)のエドワード・スノーデン元職員による米スパイ活動の全容暴露だった。紙数にしたら何十万枚にも及ぶといわれる米国家安全保障局(NSA)の内部電子資料がスノーデン氏によって持ち出され、英ガーディアン紙、仏ルモンド紙、独シュピーゲル誌、米ニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポスト紙など、欧米の有力紙が詳細に点検しながら、順次、報道しているが、まだ氷山の一角に過ぎないという。


これまでのスパイ活動はなんだったのかと思わせるほど、新たに暴露された内容は大規模で徹底的だ。携帯電話の盗聴だけをとってみても、米本国を除く全世界で数億台の携帯電話の会話やメールの履歴が収集され、その数は一日50億件に達するという。その中には、ドイツのメルケル首相やブラジルのルセフ大統領ら合わせて何人もの政府首脳の携帯盗聴も含まれていた。また、世界のいかなる場所からの携帯電話も基地局の情報などから発信地を突きとめ、動きを追跡して仲間を割り出すことができるという。中国、ロシア、日本を含む米友好国の大使館や政府機関の盗聴、コンピューターへの忍び込み、情報を盗み出すなど、IT技術を駆使したスパイ活動は群を抜いていた。その凄さは、フランスの首相をして「米国の技術がうらやましい」と言わしめたという。


ドイツ、フランス、そして日本など友邦国さえ盗聴する大掛かりなスパイ活動は世界の反感を買い、米国の信頼を大きく傷つけた。オバマ米大統領は、外部の専門家5人による調査の結果、46項目の提言を受け、2014年1月に米スパイ活動の見直し策を明らかにすることになっている。とはいえ、これほど大規模でも、これはあくまでも米NSAによる情報収集活動に過ぎないのだ。


◆◇米国のサイバー戦争能力は?◇◆


それでは、米国のサイバー攻撃の能力や規模はどれほどのものなのだろうか。2010年にイランの核開発計画を阻止するために、施設のコンピューターに潜入させて計画を1年間も遅らせたコンピューター・ウィルス「スタクスネット」は、米国がイスラエルと協力して仕掛けたものだとみられている。今回暴かれた米スパイ活動の元締め、NSAの局長と米国防総省に本部を置く米サイバー戦司令部の司令官は同一人物が兼任することになっており、オバマ大統領はこれを変更する提言については、即座に拒否したと伝えられる。とすれば、現時点での米国のサイバー戦争能力は、スパイ活動と同様、とてつもなく大規模、強力なものと察せられよう。いつの日か、第2のスノーデン氏が現れて、今度は米サイバー戦争計画の詳細が全世界に暴露される日が来るだろうか。


ところで、冒頭にあげたバイデン米副大統領による韓国政府説得の背景にあるのは単に、中国の企業に請け負わせると、韓国の情報が中国側に抜き取られる恐れがあるというだけなのだろうか。ほかにも、米国が中国企業の請負を阻止したい理由があるのだろうか。たとえば、長年にわたり、韓国の通信網をはじめ、軍用線やブルーハウス(大統領官邸)周辺の電話・通信網に米側が仕込んできた盗聴用の“裏口”を、新しいIT通信網を請け負った中国の企業が丹念に見つけ出し、韓国側に通告する可能性があるとしたら、どうだろうか。そのような事態は、米国としてはあってはならないことに違いない。

(元朝日新聞記者 2013年12月記)

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