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政治家もジャーナリストも 将来像つくりを競うとき(北村 正任)2011年1月

政治のジャーナリズム化」などと言えば、国会と日本記者クラブの双方から非難されそうだ。だが、このごろの国会議員たちの言うこと、することを見聞きしていると「記者に似てきたな」という感想を捨てきれない。

 しかもそれは、ジャーナリストとしての生き方が本来的に持つ弱点、自覚し克服しなくてはならない弱点が、そのまま政治の世界に浸み込んでいっているという点で、無関心ではいられない。

 

 

駆け出しのころ「記者には無頼の意識が必要だ」と先輩に言われて戸惑った覚えがある。自分の生活態度、人付き合い、服装、言葉遣いなどが世間からひんしゅくをかうことなどお構いなしに、正しいと思うことを言い、不正を叩け、という意味かと受け止めた。

 

「取材相手である市長や署長からご馳走してもらうのはけしからん」という同期記者に「ネタを取るのが大目的なのだから、自分が身ぎれいかどうかは二の次だ」と反論したのも、無頼の教えが効いていたからなのだろう。

 

「自分のことを棚に上げて人をけなす」のは、恥ずべきことの最たるものである。しかし「自ら省みて罪なき者これを打て」とばかり言っていたのでは、だれも何もものが言えなくなる。

 

時には自分を少しぐらい棚に上げてでも、言うべきことを言う作業が、人間社会には必要だ。その作業を「記者」が担うことを、世間はある程度容認していると思うのは身勝手だろうか。

 

ある程度とはどの程度か。1972年の「外務省機密漏えい事件」(西山事件)は、一つの分岐点を示唆している。

 

 

政治部記者のころ、三木武夫による田中角栄の金権政治批判を大いに持ち上げる記事を書いた。

 

そのとき先輩記者が言った。

 

「三木だって金を集め、配っている。田中とは金額の桁が違うだけだ。金が諸悪の根源であるかのように言いつのれる立場ではない」

 

泥沼に胸まで浸かっている人を見て「お前は泥だらけで汚い」と叫ぶその人は膝まで浸かっている───そんなイメージで、三木を嫌う政治家は多かった。だが、政界しかも与党の中からの金権批判が無かったとしたら、その後の政治はもっと酷いものになっていたのではないか。

 

三木の口癖は「世論と結託する」だった。対極とも言えるのが吉田茂の南原繁に対する「曲学阿世」批判だ。世の中の受けの善し悪しに縛られまいとする政治権力が厳然としてある時には、三木の姿勢は新鮮である。しかし、今、政治家の言動は、権力の座にあるものまでも含めてほとんどが「阿世」ではないのか。

 

どのような政策にもプラスとマイナスがある。現状を変えれば、それによって利益を得るものと、痛みを受けるものがある。すべての人々(選挙民)におもねろうとすれば、一方からの痛切な反対に合い、立ちすくんでしまうしかない。

 

政治家であるための重要な資質として「情熱」「責任感」「判断力」をあげたM・ウェーバーは「政治家になる直線コースの職業はジャーナリストと党職員だが、両者とも世間ではならず者(売文屋、おかかえ弁士)という汚名を着せられている」(「職業としての政治」)と述べている。

 

ジャーナリストがなぜ「ならず者」なのかの第一の理由は、無責任だからだろう。あれこれの政策に対する論評は、自分を棚に上げた立場から、のびのびと展開される。多くの人が感心する。しかし、その論評どおりに現実が進展したときに生じる利害の対立に対して責任はとらないし、取れる立場にない。

政治家は責任を取れる立場にいる。その政治家がジャーナリストの論評のように、政策を軽々と───「私は軽々となどものを言っていない」と怒る記者も多いだろうが───口にすることのなんと多いことだろうか。

 

普天間、八ツ場ダム、CO2削減などなど、論評するだけの立場ならば十分に重みのある政策課題だ。問題はそれを全うする責任と状況判断が無ければ「政治家のジャーナリスト化」の典型になってしまうということだ。

 

 

「批判」という作業ならば、政治とジャーナリズムは古くから近縁である。権力の外にいる野党とジャーナリストは多くの場合、口をそろえる。「賛成」よりは「反対」の方が俗耳の受けがいい。「だめ、だめ」ばかりを叫ぶ。

 

その結果が今日の政治の荒涼たる姿だとしたら、私たちは何がしかの責任を感じなくても良いのだろうか。

 

批判は政策や政治姿勢に向けられるのを通り越して、ジャーナリズムの隣にあるセンセーショナリズムやスキャンダル探しの域に達している。国会でファッション誌用の写真撮影をした。皇族に乱暴な口をきいた。議場で携帯電話を鳴らした。いずれも非難されるべきことには違いないが、懲罰だ謝罪だと力みかえっている議員たちを見るのは情けない。火事の最中に、やれ「仏壇の花瓶をひっくり返したのは誰だ」とか、「晩御飯の卵焼きをつまみ食いしたのはけしからん」などとやり合っているような感じがする。

 

尖閣諸島、北朝鮮の砲撃、TPP、財政危機、高失業率、資源エネルギー不安、青年の無気力、幼児虐待、いじめ自殺などなど、日本の将来を憂慮させる大変なときに、国会は「そっちが悪い」「お前こそ」とやり合っている。「どうにかならんのか」というのが国民の気持ちだろう。

 

虚栄心、自己顕示欲、金銭欲、権力欲など、太古以来ずっと社会を悩ませてきた人間性は、消えるものではない。それらが無くならねば政治は良くならないなどと言ってはいられないとすれば、それらをどうコントロールするかだ。

 

 

与野党の政策の間に半分でも共通する部分がある場合、その部分を生かして欲しい。1か100かではなく、60でも50でも積み上げて欲しい。普天間でも消費税でも年金でも、野党は政府の「非」を攻撃するばかりだが、自分たちが政権をとったとき全く同じ課題が待っているのだから。

 

共通部分を積み上げる手順の一つとして、採決における党議拘束をできるだけはずすのはどうだろうか。政権争いよりも国民の要望を上位におき、自分の責任で投票する議員意識が育たなくてはなるまい。

 

「夢」の描き合いも大事だと思う。10年後、20年後の日本をどのような国にするのか。老人天国、文化科学大国、環境保全大国───政治家もジャーナリストもこぞって日本の将来像つくりを競うときだ。

 

目標を示せず自己目的化した権力争いを続けることほど危険なものは無い。「強い立派な王様が欲しい」と神にねだって、コウノトリを王様に戴き、やがてみんな食べられてしまうというイソップの「カエルの王様」にならないよう、「誰が」よりも「何を」に力を入れて論じ合うときだと思う。

 

きたむら・まさとう会員 1941年生まれ 65年東京大学法学部卒後 毎日新聞入社 ボン支局長 編集委員 論説委員 外信部長 論説委員長 取締役東京本社編集局長 常務取締役主筆 代表取締役社長などを歴任 現在 会長 2003年3月から05年5月まで日本記者クラブ理事長 05年12月から09年6月まで日本新聞協会会長を務める

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