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第8回(ハバロフスク・ユジノサハリンスク)極東ロシア・エネルギー資源(2008年9月) の記事一覧に戻る

辺境に見たロシアの盛衰(柴田 岳)2008年9月

このあたりの地域から入っておけば、あとはモスクワに向かってイメージが上がっていくだけだ
よ――。ロシアは初体験の私に、ご一緒した先輩が冗談交じりにそんなアドバイスをくれました。

新潟空港から飛行機で2時間、ハバロフスクは日本の目と鼻の先でした。首都モスクワからは空路8時間、8千キロも離れた東の果て。サハリンとなると、もっと、我らに近く、彼らには遠い。富も権力も人間も、すべてがモスクワへと向かう広大な中央集権国家では、極東ロシアが経済開発から取り残されるのも無理からぬことかもしれません。

その極東に、ようやく光が当たり出した。プーチン・メドベージェフ政権が資源戦略をロシア復権の基軸に据え、アジア太平洋への進出に目を向け始めたからです。

取材団が訪ねたハバロフスク州のイシャーエフ知事もサハリン州のホロシャビン知事も、資源ブームが去らないうちに、中央政府や外国からカネや投資を呼び込もう、とギラギラしている印象を受けました。

トヨタのランドクルーザーを公用車にしているというイシャーエフ知事は、米国や韓国、中国に比べて「日本からの投資は微々たるものだ」と不満を漏らしました。サハリン州のホロシャビン知事は、北方領土については「中央政府同士で解決する問題」と脇に置き、「(北方領土も含めて)サハリン州に日本企業を誘致して加工産業を育てたい」と語りました。人口流出を押しとどめるためには、若者の雇用を確保し、住宅や教育などの社会基盤を底上げする必要に迫られているのでしょう。

いくら天然資源が豊富とはいえ、いつまでも殿様商売では続きません。現地の日本企業の方々からは「地方では許認可や通関手続きが遅すぎる。結局、モスクワで話を通さなければならない」などと、相変わらず未熟な投資環境に対する不満が聞こえてきました。

資源開発を呼び水にした極東ロシアの好況はいつまで続くのか。世界標準のビジネス環境を整えてきちんと産業を育てていかなければ、不動産などのバブルはいずれはじけてしまいます。世界的な金融危機は、ロシアのエネルギー産業などにもじわじわと打撃を与えています。

今回、潮田団長やロシア通の副団長の皆さん、日本記者クラブの岩崎さん、河野さんらのお世話になり、ロシアの一端を垣間見ることができました。国の興隆も衰退も、その兆しは中心部ではなく、辺境に現れるといいます。都市と地方の「格差」が政治問題化している日本も、そういう意味では他人事ではないかもしれません。

2012年、ウラジオストクでアジア太平洋経済協力会議(APEC)が開かれるころに、極東ロシアがどうなっているか。注目していきたいと思います。

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