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第8回(ハバロフスク・ユジノサハリンスク)極東ロシア・エネルギー資源(2008年9月) の記事一覧に戻る

サハリン夢想譚(尾本 憲由)2008年9月

初めて訪れたサハリンの滞在はわずか1日足らずだから、液化天然ガス(LNG)プロジェクトのサハリン2を駆け足で取材するだけで精一杯だった。あとは移動中のバスからボケーッと風景を眺めたばかり。そんな短い間とはいえ、何とも言えない思いにとらわれていた。今も南サハリンが日本であったなら。

サハリン空港からサハリン2のLNG基地までバス移動。もう間もなく到着というところで通り過ぎたのがコルサコフという小さな港町だった。ガイドさんが案内する方向を車窓から眺めると、戦前の旧北海道拓殖銀行大泊支店の建物が朽ち果てたようにたたずんでいた。サハリン南端のアニワ湾を臨み、戦前は大泊として発展を遂げた樺太の表玄関も、そんな面影はもはやない。

当然ながらサハリンすべてが寂れているわけではなく、州都のユジノサハリンスクには新しいショッピングセンターも立ち並ぶ。それでも街区は戦前の豊原時代と変わらず、町の中心を貫くコムニスチーチェスキー大通りにさしかかれば「昔の神社通りです」とガイドさん。旧樺太庁博物館なども現存す
る。

半世紀以上も昔、この北の地で日本人の生活は確かに根付いていた。それが根こそぎ崩壊したことを思い知らされる。まあ感傷主義には違いないけど、なんだかやるせない。もちろん現在はロシア人の生活があり、いまさら日本の領有を主張するつもりもない。日露戦争以前はロシアが領有していたし、さらにさかのぼっても、そもそも無主の地と言いながら原住民はいたわけだし。ただ町や村の歴史がぷっつりと断ち切られることはやはり悲しい。だから不謹慎ながらつい思わずにはいられない。もし今も日本だったらと。

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