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第6回(インドネシア、ベトナム)日本進出企業に政治改革の光と影(2007年2月) の記事一覧に戻る

似通った生活感覚にポストBRICsへの手応え(田中 紀志夫)2009年9月

  国際金融市場ではいま、ポストBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国の有力新興四カ国)としての有望な投資先探しが繰り広げられている。中長期的に高い成長が期待できる国というのがその条件になる。
  アジアでは、ベトナムが再び注目を集めている。ベトナムは1986年に、社会主義に市場経済システムを取り入れた「ドイモイ」(刷新)政策を取り入れて以降、90年代に「ベトナムブーム」に沸き95年には9・5%の経済成長率を達成した。94年に米国が対ベトナム経済制裁を解除したことがブームを加速させる要因となったようだ。

  いわゆるアジア通貨危機もあって他のアジア諸国と同様に成長の鈍化に見舞われたものの、2005年以降は8%台の成長を取り戻している。市場経済化路線が持続的な成長を生み出し、外国からの対ベトナム直接新規投資も回復基調にある。直接投資の累計額では日本がトップだ。

  そのベトナムに2月下旬、日本記者クラブのアジア取材団の一員として3泊4日の日程で訪れた。従来、ベトナムの投資は南部のグレーターホチミン(ホーチミン市、ビンズォン省など)が中心だったが、ハノイを中心とした北部に進出する企業が、日本をはじめ増え始めてきている。

  今回はハノイだけの訪問だったが、日本の住友商事が造成したハノイ郊外のタンロン工業団地には82万坪の造成済み用地に63社の企業が操業している。ベトナム人の雇用者は2万8000人にのぼり、同地域の輸出シェアは国内総輸出の2・23%だという。

  ハノイ日系企業の工場を視察したが、ちょうど日本の70年代後半から80年代の光景と重なる。ベトナムは安価で質の充実した労働力が、進出している外国企業にとって魅力だ。ロボットなどを導入してコスト削減を図ることなく、"人力"によって十分に生産性の向上が可能だ。

  だが労働者たちは単純に労働をしているわけではない。キヤノンのプリンター製造工場では、ベトナムならではの「カイゼン運動」が行われていた。目覚ましい効果も挙げている。

  部品の組立作業場で、労働者自らが竹を使って組み立てた枠組みだけの部品棚に部品の入ったかごを取り付け、前後左右から部品が取り出せるように工夫。棚の置き場も省略でき、数人が利用できるようにすることで作業もスムーズに運ぶようになったという。

  何より、それまで使用していた日本製のステンレス棚が十数万円だったのに比べ、十分の一の値段だ。工場内ではカイゼン運動にさまざまなアイディアが生かされ、それが労働者の励みにもなっているようだ。

  世界共通語にさえなったトヨタの「ジャストインタイム」「カンバン方式」など、日本の製造現場で生み出された生産管理方式の理念は、徹底して無駄を省くということにある。官僚主義でとかく無駄が多いと指摘される社会主義国で、カイゼン運動が定着してきているところに、ベトナムの強さを感じる。

  ベトナム人労働力は「安価な賃金」というイメージでとらえられがちだが、勤勉で手先が器用であり、技能習得力も高い。ただし「特に女性は」ということわりが付くが。

  ベトナムがポストBRICsとなるにはもちろん、課題は多い。物流システムを確立するためのインフラの整備、外国の投資に対する法律の整備・施行などは急務だ。ただ、投資に際して重要な「政権の安定」がベトナムの魅力だと、日本企業は評価している。

  一方、この後4泊5日で訪問したインドネシアは、かつて「東アジアの奇跡」と呼ばれた自負があるからか、東南アジア諸国連合(ASEAN)内で経済的イニシャチブを競う姿勢がうかがえた。アジア通貨危機後の経済回復はまだ途上にあるが、日系企業の進出は歴史的にも古く1000社以上に上っており、累積投資額は諸外国を抑えて日本が1位だ。インドネシア人の雇用者数は20万人を超えており、自動車など製造業を中心にアジア市場の拠点と位置付けられている工場も多い。

  ジャカルタ市内の目抜き通りはすっかり整備され、高層ビジネスビルが林立している様を目にしたとき、24年前に訪れたこの地が全くの別世界という印象さえ持った。

  両国とも、事前に申し入れをしていた首相、大統領との会見は実現しなかったことが残念だったが、ポストBRICsの息吹は確かに感じられた。いずれも日本と友好的なパートナーであり続けたい国である。

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