ベテランジャーナリストによるエッセー、日本記者クラブ主催の取材団報告などを掲載しています。


第6回(インドネシア、ベトナム)日本進出企業に政治改革の光と影(2007年2月) の記事一覧に戻る

三丁目の夕日(安部 順一)2009年9月

 「三丁目の夕日」の世界――と言うと、ちょっと陳腐になってしまうけれど、初めて取材で訪れたベトナム・ハノイは、まさにそんな表現がぴったりの、エネルギッシュで、それでいてどこかほのぼのとした街だった。
 街中に入ってまず驚かされたのは、バイクの波だ。信号などはお構いなしで、容易に途切れない。歩行者の方も、日本式の「右見て左見て右見て」では、とうてい道路を渡れない。体を張ってバイクを止めるくらいの覚悟で、決然と渡っていく。もっとも、人口8000万人の国なのに、交通事故による死亡者が日本の倍以上、年間1万人を超えると聞けば、ベトナムの抱える問題が透けて見えてくる。

 インフラの悪さである。ハノイ-ホーチミン間を結ぶ鉄道は単線だし、道路網も未整備のままだ。63社もの日本企業が進出するタンロン工業団地から、トラックが一般道に出た途端、周囲には2人乗り、3人乗りのバイクがひしめく。渋滞になるのは当たり前だ。訪問した某工場では、従業員300人で年間2人の交通事故死亡者が出るのだという。

 「チャイナ・プラス1」の有力候補であるベトナムだが、海運を含めインフラ整備を加速しないと、成長の障害となりかねない。

 一方で、人々の表情は豊かでないにしても明るい。取材団のガイド兼通訳を務めてくれたソンさんは、31歳。政府系旅行会社の国家公務員だが、あと1~2年で年金受給資格を得たら、独立しフリーのツアーガイドになるのだという。大学で日本語を勉強し、「日本語のガイドの需要は高い。独立すれば、給料もかなり増える」と明日に夢をつなぐ。そこには、社会主義国の国家公務員のイメージとはほど遠い、普通の若者の顔があった。

 ソンさんの家を見せて欲しい。取材団のそんな厚かましいお願いにも、快く承諾してくれた。訪れた家は、間口の狭い4階建て、延べ床面積は70平方㍍といったところだろうか。1階は店舗として貸し、2階以上に国家公務員の両親と共に住む。ソンさんの部屋は、ベッドとソファが置かれているだけの質素なものだった。「三丁目の夕日」とオーバーラップしたのも、そうした市井の人々の生活を垣間見られたからかもしれない。

 残念ながら、ズン首相との会見は実現しなかったが、ベトナムを肌で感じた取材体験は極めて有益だった。このような機会を設けていただいた事務局の方々に感謝したい。

前へ 2019年10月 次へ
29
30
1
3
5
6
7
9
11
12
13
14
15
16
17
19
20
22
26
27
29
31
1
2
ページのTOPへ