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第6回(インドネシア、ベトナム)日本進出企業に政治改革の光と影(2007年2月) の記事一覧に戻る

体力頼みはもう限界(松尾 圭介)2009年9月

 出張中に39歳になった。今さっき聞いた話をどう記事にするか、そんなことをガツガツ考えてばかりいたので、自分でもすっかり忘れていた。

 首相や大統領に会えれば、直接質問できるチャンスは1回あるかどうか。何を聞こうか、あれこれ考えているうちに、結局会えないで空港に向かうことになった。国のトップに会うのは、やはり難しい。帰国したら首脳の言葉を直接聞ける記者会見をもっと大事にしようと改めて神妙な気分になった。

 首脳には会えなかったが、それでも初めて訪ねたベトナム、インドネシアの両国は、同じ東南アジアながら、個性の全く違う国で、印象深かった。ベトナムは共産主義なのに、日本よりよほどまじめな仏教国の側面があった。インドネシアではイスラム教徒でもビールを飲むと確認できて、改めて懐の深さを感じ、イスラムと言えば原理主義ばかりの報道を繰り返す毎日を少し反省した。

 何より、現地に駐在する日本企業の方々と語らう時間が多くあり、日本人が日本人の感覚で見た分析は興味深かった。愚痴一つ取っても、皮膚感覚が伝わってくる。

 おもしろいと思ったらすぐ字にしようと考えて乗り込んだものの、両国が持つ複雑な背景が絡んだ話を消化するには、2-3カ月の予習では足りない。ホテルに戻ってから、資料をめくりめくり何とか東京に打ち込めた原稿の数は当初考えたよりは限られたものになった。

 明日はもっとたくさん出してやろうと、そんなことばかり考えていたら、最終日の前日、インドネシアのホテルで遂に腹をこわし、寝込んだら続いて寒気が襲い、体中が痛くなってきた。ジャカルタからバリ島に移動する飛行機では、前の席の背もたれに突っ伏したまま寝ていたらしい。だから、東南アジアを代表するリゾート地バリ島の第一印象は、熱っぽいだるさと体中の痛み、いつ来るか分からない腹の警戒警報と戦う脂汗だった。これは一生残るだろう。「バリ島」と聞いただけで蘇ってくる。

 しかし、夕食を断り、そのまま、日本から持ってきた飲み残しの抗生物質を飲んで、14時間ほど寝たところ、翌朝にはきれいさっぱり復活していた。要は寝不足だったらしい。体力を過信するとこうなるのかとアホのようにバリの海を見詰めた。そう言えば39歳かと、このときようやく考えが及んだ。

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