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シルクロード探検隊(見市 元)2007年9月

  昔から物覚えはよくない。「旅の記憶」といわれても、あまり記憶がない。印象的な命名でもしてあれば多少はその旅も脳裏に残る。「シルクロード探検隊」と勇ましくもロマンチックな名前をつけた旅がこの8年続いている。以前勤めていた朝日新聞社の論説委員の有志が語らって、10数人で2000年夏、ウズベキスタンに出かけたのが始まり。このときは客員論説委員にロシア問題専門の教授がいて、彼を指南役にまじめな旅だったらしい。

  以来、シルクロード探検隊は毎年繰り出しているが、年によっては、同僚だった男が定年になってドイツの大学で教えているからといってドイツを訪ねたり、中国・タクラマカン砂漠を目指すもSARS騒ぎで断念し、急遽ハワイに行ったなどということもあり、必ずしも首尾一貫していない。
 
  私が加わったのはハワイの翌年、2004年8月に中国・西安から河西回廊を列車で敦煌への旅から。これならシルクロード探検隊の名に恥じない。翌05年はトルファンからカシュガルへと中国を西に進み、昨年は一気にトルコへ。エーゲ海をのぞみ、ここまでくればマルコ・ポーロのベネチア、ローマも目の前だ、来年は(つまり2007年は)オレはイタリアで一行の到着を待っている、といったら、隊長のキリちゃんが断固たる口調で「ダメです。つぎはインド」と宣言した。仏陀の足跡をたどり、三蔵法師の求法の旅を経験するのだという。そういえば2年前、トルファン盆地で西遊記の孫悟空が活躍したことになっている火焔山とやらにも行ったなあ。
 
  ちなみにこの隊長、新聞社ではわたしの5年後輩で、わたしがキャップのときの次席、部長のときのデスクと長々と付き合ってきたが、定年後立場は逆転して彼隊長、私は隊員。彼だけが第1回探検隊からずうっと夫婦で皆勤、その企画力と熱心さ、なにより明るい人柄で先輩隊員らを蹴散らしてごく自然に隊長になった。

  この隊の強みは海外特派員の経験者がたくさんいることだ。インドとなれば20数年前ニューデリー特派員を4年つとめたカンちゃんがいる。旅の立案はカンちゃんの役目となったが、実際に取り仕切ったのはカンちゃん夫人だったらしい。

  8月下旬、一行10人で成田からムンバイへ飛ぶ。そこから空路オーランガバードへ。エローラ遺跡を皮切りにアジャンタ、さらにボパール、ジャンシー、オルチャ、カジュラホ、ヒンドゥー教の聖地ベナレス、そしてデリー。ムガル帝国の象徴のひとつアグラ城も、そしてあのタージ・マハルにも当然行った。デリーではマハトマ・ガンジーが最後の144日間を過ごし暗殺された邸宅(いまは記念館)も訪ねましたよ。盛りだくさんの10日間で記憶がこんがらがっているけど。
 
  インドのことは何も知らない。せめてもと思って本を読む。「ムガル美術の旅」(山田篤美著、朝日新聞社)、「中村屋のボース」(中島岳志著、白水社)、それに「タゴール詩集」(山室静訳、彌生書房)まで旅先に抱えていった。夜な夜なホテルの部屋で読みふけり、インド・モードへの切り替えに努めた。17世紀半ば、タージ・マハルをつくった5代皇帝シャー・ジャハーンの息子で、兄2人と弟1人を殺して6代皇帝にのしあがるアウラングゼーブが、兄弟と内戦を繰り広げ父皇帝を幽閉したとき現地にいたフランス人旅行家ベルニエがその見聞を書いた「ムガル帝国誌1,2」(岩波文庫)をひもとくと、ちょっと現地へ行っただけなのに滅法面白く読める。旅は知らない世界をのぞく好奇心を刺激する効用がある。
 
  ルピー紙幣にはヒンディー語をはじめベンガル語、ウルドゥ語など15の言葉が印刷してある。圧倒的多数派のヒンドゥー教をはじめ、イスラム、シーク、ジャイナなど多様な宗教は生きていて、時に宗教紛争もおこる。(仏教発祥の地なのにインドで仏教はすっかり衰微した)。憲法上はないはずのカーストも厳然と残っている。IT産業を先頭にインドの経済発展はめざましい。この20年で2億5千万人の中産階級が出現した。一方で8億人は貧困層として取り残されている。街角では物売り、物乞いにつきまとわれた。非暴力による抵抗という偉大な思想の実践者マハトマ・ガンジーを生んだこの国は、いま核大国である。この複雑巨大な国をほんのちょっぴり垣間見ることができた。
 
  隊長は、来年はイランだと宣言した。ムガルの皇帝はよくペルシャからお妃を迎えている。インドからイランへは自然の流れだ。こんどはイラン・イラク戦争当時テヘラン特派員だったM君夫妻が先導してくれることになっている。まさか米国のイラン攻撃などないだろうな。ともあれ、この調子ではなかなかローマには行き着けそうもない。(2007年9月記)
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